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第24話
続きが言葉にならない。何をどう言えばいいのかわからない。けれど、言わなければ最後の日に後悔しそうな気がする。
いやきっと、絶対に後悔する。
「君は、明日僕を家まで送っていって、そのままもしかしたら、最後まで会えなくて……それで、いいの?」
和人が少しだけ笑う気配がした。
「悪い方をまったく考えないわけじゃないが、俺は今でもいい方に賭けてる。終わりになんか絶対にならないってな。だから、これからだっていくらでも会える。心配するな」
もしも『最期の日』が来なかったら、和人は島を出て、羽ばたいていく。俊はこれまでどおり島の常識を守って、誰にも責められないきちんとした生活を続けていく。
和人はたまには手紙をくれるかもしれない。気が向けば会いに来てくれるかもしれない。そうして2人は一生、遠方の親友同士として温かい友情を育んでいくのだろう。
ほしいのは『友情』ではないのに、それ以上のものは得られないのだ。
なぜなら臆病な俊は、自分の本当の気持ちを口に出すことができない。
君が好きだと。君に恋しているのだと。
言ってしまったら後戻りできないし、2人の今の関係も変わってしまうだろうから。
だが、本当にそれでいいのか。怖がっているだけでいいのか。
「上月君は……終わりが来ない方がいいと思っている……?」
「当たり前だろう」
「僕が、君とは一緒に行けない、この島に残るって、そう言っても?」
沈黙が満ちた。ものすごく長く感じられる重い沈黙だった。
「それが、答えか」
そう言った彼の声は静かだった。けれど、漣みたいな深い悲しみに満ちていた。
「それがおまえの答えでも、そうだ。俺は、いい方に賭け続ける」
和人なら、そう答えるだろうと思っていた。
彼の将来を思うなら、共にいい方に賭けるべきなのは俊にもわかっている。
でも、今はわかりたくない。
はち切れそうな衝動が内部から俊を突き上げ、凍っていた唇の枷を外した。
「君が行ってしまうくらいなら……終わっちゃえばいいんだよ、世界なんか!」
俊は一息に叫んで、思い切って和人を見上げた。
マイナスの感情は決して表に出さず、人からどう思われるかばかりを気にして従順な羊みたいにおとなしく生きてきた俊が、初めて口にした負の感情だった。
和人は瞳を見開いて俊をみつめていた。
軽蔑されても、嫌われてもいい。それが今の俊の飾らない正直な気持ちだった。
和人と離れて、別れ別れになってしまう未来なんていらない。遠くにいる彼を想いながら亡霊のように一人過ごす時間は、果てしなく長いに違いない。
それならばいっそのこと、最期の最期まで隣に彼を感じながら、短く散り終わりたい。
もしも、滅亡の可能性が50%ではなく100%なら、きっと勇気を持って言えるのに。
今一番欲しいものに、すべての倫理とか道徳とか、これまで守ってきたものをかなぐり捨てて、ためらわずに手を伸ばすことができるのに。
抑えようとしてもとめどなく湧き上がってくる飾らない感情に突き動かされ、俊は言葉を継ぐ。
「僕を置いて、君は一人で行ってしまう。僕はここから、出ていけないのに……! でも、元気でねって、笑って君を見送るなんてできないよ! そんなことなら、一緒にいたい。君の隣で、君のぬくもりを感じながら、一緒に最期の瞬間を迎えたい……!」
世界が救われ和人が無事島を出て行けることを祈りたいのに、それとは裏腹に本当の俊自身が、そばにいてほしいと、行かないでほしいと泣き叫んでいる。
表情を凍りつかせ自分を見ている和人を前にしながら、ごまかすことのできない感情を隠すことのできなくなった俊は、もうどうすればいいのかわからなかった。
感情を暴発させた後は、静かな沈黙と共に後悔がやってくる。
衝動的で自分勝手、愚かで感情的な発言に、きっと和人は呆れているに違いない。世界が滅亡するからといってらしくないわがままを言ってみせたはいいが、結局無様な本性を晒してしまっただけだった。
自己憐憫にも似たみじめさに、俊は力ない嘲笑を浮かべた。
「ごめんね……変なこと言って。忘れて」
立ち尽くしたまま動かない和人に、乾いた声で詫びる。
そっと見上げた彼の眼差しは変わりなく澄み渡って、凪いだ海のように静かだった。曲がったことを許さないまっすぐなその目にみつめられると、汚れた自分の本心を糾弾されているように思えてきた。
いたたまれなくなった俊が目を逸らす前に、和人の足が動いた。一歩一歩、近付いてくる。
「今、決めた」
温かい手が髪に触れ、俊の肩はびくりと震える。
「ここを出るときは、絶対におまえを連れて行く。嫌がっても、もう離さない」
迷いのない腕で優しく抱き寄せられ、俊は息を詰める。
「世界が終わろうが終わるまいが、俺はいつだって言いたかった。言えなかったのは、おまえの気持ちがわからなかったからだ。でも、今わかった。だから言わせろ。俊、おまえが好きだ」
言葉が出なかった。呼吸すらも止まってしまったみたいに、俊はただ体を固くし、和人の言葉を全身で受け取っていた。
「この島に来る前も、来てからも、俺は誰にも、何も期待していなかった。両親が死んでから、嫌ってほど他人の冷たさや人間の本性を見てきたからだ。でも、おまえは他のヤツと違ってた。こんな俺に、温かいものをくれた。金じゃ買えない、大事なものを」
絵本を朗読してもらったときのように、ひとつひとつの言葉が胸に染み入る。激しく窓を叩く風の音も、もう聞こえない。
「おまえに教えられたんだよ、誰かが隣にいることの大切さを。殻に閉じこもっていた俺に光をくれたおまえは、俺の世界のすべてになったんだ」
合わさった胸から鼓動が伝わる。和人の一言一言を受け止める俊の高鳴る鼓動も、その気持ちごと、ちゃんと届いているはずだった。
「もう帰るな。ここにいろ。俺のそばにいろ。帰るって言っても、絶対に帰さない」
熱を帯びた声が耳朶をくすぐり、胸を震わせる。答えようと開いた唇が熱い唇に奪われ、ひそかに夢見ていた感触に包まれて、頭の中が真っ白になった。
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