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第105話
8ー10 終活ですか?
俺は、レクルスに手を差し出した。
「今度こそ、一緒に帰ろう、レクルス」
だが。
レクルスが俺の手をとることはなかった。
レクルスは、俺を丸い青い瞳で見上げた。
「俺は、父様とはいけないんだ」
「なんで?」
俺がきくと、レクルスは答えた。
「だって、俺は、この神木の王だから」
はい?
俺は、納得できなくて。
レクルスを抱き締めると、俺は、彼を抱き上げようとした。
だけど、彼の体は、俺の力では持ち上がらなかった。
「レクルス?」
「もう、俺は、この神木と一心同体なんだよ、父様」
レクルスが言ったので、俺は、涙が溢れてくるのを堪えることができなかった。
「だって、お前は、まだ子供なのに?」
「子供でも、俺は、もう王なんだよ」
レクルスは、答えた。
「でも、安心して、父様」
レクルスは、俺の腰にぎゅっと抱きついた。
「魔王城の核である父様と神木の王である俺は、いつも繋がっているんだから」
レクルスの声が耳元で聞こえた。
「いつも、一緒だよ、父様」
だから、寂しくなんてないよ。
俺は、気がつくとあの扉の前に立っていた。
「ティル、大丈夫、か?」
ガイが俺の肩に手を置いて覗き込んできいた。
ここは。
俺は、漠然と理解していた。
そうか。
レクルスは、神木となったのだ。
レクルスが神木の王となったことにより、魔王城を挟んで存在する2つの世界は、通じるようになった。
俺は、レクルスの力でいつでも自由に2つの世界を行き来できるようになった。
だが、10年の寿命を差し出した今、俺の命は、いつついえるとも限らない。
俺は、急に、日々の全てが愛おしく思われるようになっていた。
子供たちとの日常。
奥様たちとのやり取り。
そして、ガイやテオとのことすらも愛おしく、大切な記憶となっていた。
俺は、ガイたちに扉の主に何の対価を差し出したのかきかれたけど、答えなかった。
いや、答えられなかったのだ。
せっかくこのカナンの地に落ち着いてきた魔王城と魔族たちの平穏な日々がまた失われることになるかもしれないことを考えると言えなかったのだ。
俺は、いつ最後の時を向かえてもいいように身の回りの整理を始めた。
といっても、俺にそんなに持ち物があるわけでもなかったが。
もともと冒険者暮らしが長かったこともあり、荷物は、少なかったのだ。
さっぱりとした後、俺が心残りになったのは、ガイとテオのことだった。
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