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第2話 sideユウキ

 最初は子供の、ただの小さな独占欲からだった。  空良の特別な存在でありたいと思う、児戯に等しい遊び。  ーー二人っきりの時にぼくたちだけが使う、二人だけの特別な呼び名を作ろうよ。  そう言い出したのは俺の方からだった。  空良の、たった一人だけの特別になりたかったから。  俺だけを見てほしかったから。  *****  この国に引っ越してきた当初、外国人で言葉もカタコト、女の子みたいな外見に身体も貧弱な俺は子供たちから爪弾きにされた。嗅覚に優れている子供たちは異物を排除しようとする。その異物が俺という存在だった。外のどこにも居場所がなかった俺は家に篭りがちだったが、そんな俺を外に連れ出し、子供の遊びの輪に入れてくれて、からかわれた時には間に入ってくれる頼れる存在、それが空良だった。 「じゃあこれからはずっと僕が守ってやるから安心しろ!」  からかわれて神社の軒下で泣いていた俺に、空良はニカっと欠けた歯を見せて笑ってくれた。その言葉がとても嬉しかった。空良に守ってもらえるのなら、からかわれるのも悪くないと思った。  おおらかで明るく面倒見がいい空良は小さい頃みんなのリーダー的な存在で、いつも輪の中心にいた。子供たちは誘蛾灯に集まる虫のように空良の周りに集まった。空良は俺だけにじゃなく、みんなに平等に優しかった。  でも俺はそれが悲しかった。  俺だけを見て欲しい。俺だけを守って欲しい。  小さな独占欲は空良と一緒にいるうちに段々と大きくなっていった。    二人だけの絆が欲しい。  だから二人だけの呼び名が欲しいと空良に提案した。 「二人っきりの時にぼくたちだけが使う、二人だけの特別な呼び名を作ろうよ」 「なにそれ、面白そう! いいよ。何にする?」  ああでもない、こうでもないと言いながら二人で作った『円樹』と『佐空良』。  きっと空良はただ面白がって戯れに作っただけなんだろうけど、俺にとっては宝物のようなあだ名だった。 「エンジュ」  そう呼ばれると、俺が空良の特別な存在になったように思えて嬉しかった。 「サクラ」    そう呼ぶと空良が俺のものだけになったような気がして優越感に浸った。  でもそれは小さい頃だけの限定的な遊びだった。  小学校に入ってからは二人きりになることも少なく、思春期に入ってからは恥ずかしくて特別なあだ名で呼び合うことは無くなっていった。みんなと同じように「ユウキ」「ソラ」と下の名前で呼び合う関係に戻ってしまった。それが俺には少し悲しかった。  ある日、まだ小学校低学年だった俺は上級生に絡まれた。体格差のある男たちに囲まれて俺は恐怖で身体が震えた。 「噂には聞いてたが本当に可愛い顔をしているな」 「本当に男か?」 「服脱がせればわかるんじゃね?」  そんな事を言われて男たちに半ば引きずられるように校舎裏に連れていかれ、服を脱がされそうになった。俺が連れていかれたことを聞いた空良は慌てて俺のところへ来て、男たちと俺の間に立ち塞がった。怖いのだろう、ギュッと結んだ空良の手が震えていた。 「何してるんですか!? いま先生を呼びましたからね!」 「ちっ」  その場から逃げる男たちのうちの一人が忌々しそうな顔で空良を思いっきり突き飛ばした。空良はその場に倒れ込んだ。肘が擦りむけて血が出ていた。 「だ、大丈夫!? 保健室! 保健室行こう!!」  俺は倒れている空良を起こそうとしたが、力がなくて無理だった。この時ほど自分がひ弱なのが情けなく思ったことはない。けっきょく空良は自分から立ち上がって、ぱんぱんと服の汚れを払ってから俺の頭を撫でた。 「こんなのかすり傷だよ。僕は平気。それよりユウキの方こそ怖くなかったか? 来るのが遅くなってごめんな」  傷が痛いだろうに俺を心配させないよう空良は笑顔を見せた。空良の背後にキラキラエフェクトが見えたような気がした。  ああ、ぼくは空良が好きだ。  いつもかばってくれる空良はずっと俺のヒーローだった。でもいつまでも守られるわけにはいかない。今日みたいに自分のせいで空良が傷つくなんて二度とごめんだ。今までのように空良に守られるのではなく、空良を守るれような頼れる強い男になりたい。そう固く心に誓った。  まず俺は舐められないように一人称を『ぼく』から『俺』に変えた。日本語を流暢に言えるように勉強した。体力をつけるために偏食を治して栄養バランスの良い食べ物を意識して積極的に摂るようにした。  年齢を重ねるにつれ外国人の血が混じっていることもあり、背がぐんぐんと伸びて筋力もついた。小学校高学年の頃には空良の身長を軽々と追い越した。身体検査で俺に身長を抜かれて涙目になっている空良の姿が可愛すぎた。 「もう…こんなに大きくなってずるい……」  ……その日の夜、夢に空良が出てきた。夢の中の空良は涙目で、必死に俺の股間のイチモツを舐めていた。俺は朝起きると夢精していた。これが俺の初めての精通だ。ああ、これが正夢なら良いのに! 一日中、空良の口元や下半身ばかり見ていたのは秘密だ。 「なあ、祐樹って高校どこ受ける?」 「家から近いから槙原高校かな」  槙原高等学校は徒歩圏内で、空良でも勉強を頑張ればなんとか手が届く範囲の高校だ。もちろん俺にとってはもっと上をいくらでも目指すことが出来たが、空良と一緒の学校でなければ意味がない。 「そっか……。じゃあ僕も同じ高校に行きたい! 勉強教えて」 「もちろん」  勉強をしている空良のシャツの隙間からチラリと見える首筋が色っぽい……。髪を耳に掛ける姿も、額に手を当てて考え込む仕草も、鉛筆を齧る姿も何もかもが扇状的だ。上目遣いで「ここ、分からないんだけど……」、と俺に聞く姿なんてもう……!  空良が帰った後、座っていた座布団の上で自慰をしてしまったじゃないか!  あーー! なんでこんなに空良は色っぽいのだろう。  俺は空良が傍にいるだけでドキドキして、その日は全く勉強が手につかなかった。  空良は俺に教わりながら必死になって勉強して同じ高校を受験してくれた。空良が頑張って勉強したのは高校でも俺の傍にいたいと思ってくれているからだ。ぜったいにそうだ。そうに決まってる。  パソコンで一緒に合格発表を見て、受かったと分かった時は二人抱きしめあって喜んだ。俺の理性を試すかのように空良からはシャンプーの良い匂いがした。  空良の全てが可愛すぎて死ねる。俺と同じ高校に行きたいがために頑張って勉強しただなんて愛しすぎる。俺の太陽。俺の天使。俺の全て。俺の最愛。  その場に押し倒してめちゃくちゃにしてやりたい気持ちを宥めるのに大変な苦労を要した。 「ああ、もう空良はどうしてこんなにも良い匂いがするんだ……」 「ソラ、ソラ。コレがそんなに欲しいの? たっぷり中に注いであげるからね」  空良のシャンプーの匂いを思い出しながら一人で抜いた。空良の名前を呼ぶだけで股間が熱くなって何度も達した。 「ソラのせーえき、美味しい。もっと飲ませて……」  本物の空良の精液ははどんな味がするんだろう……。きっと甘いに違いない。ナカを暴いて拡げて奥の奥まで俺の分身で穿ちたい。空良のナカはきっとグジュグジュでうねって死ぬほど気持ちいいだろうな……。あ、また勃ってきた。ヤバい。妄想が止まらない。愛しい空良。それもこれも空良が可愛すぎるのが悪い。  空良は自分がモテないと思っていたようだがそれは違う。俺が今までことごとく空良にまとわりつくハエたちを払っていたからだ。穏やかな態度と笑顔に、陽だまりのようなふんわりと暖かな空気をまとった空良は、恋人になったらずっと優しくしてくれそうだと密かに女の子に人気があった。  空良は俺の宝物なのに。俺の天使に近づくんじゃねえ。汚れるだろ!  俺は空良が好きだという女の子に積極的に声をかけ、笑いかけて俺を好きにさせた。俺にちょっと優しくされたくらいで靡く女など空良にふさわしくない。そうやって俺を好きになるように仕向けて、告白されたら振るということ繰り返した。いつか女に刺されるぞ、と山岸辰巳(やまぎしたつみ)に言われたっけ。  そんな辰巳も空良と仲が良く、空良と俺のクラスが悪魔の奸計で分かれてしまった二年生の時、体育の授業で柔軟体操をやっている二人を見てしまい嫉妬で辰巳を睨んでしまったこともあった。後で辰巳にあの時は殺されるかと思った、としみじみ言われた。  二年生の宿泊研修で、空良と同じ部屋になった辰巳を含む奴らを呪い殺してやろうかと思ったこともあった。同じ部屋ということは空良のなま着替えや寝顔を見るということだ! 風呂も一緒に入る? みんな死ね。許せない。一緒に風呂なんか入ったら、空良の裸が見られてしまうではないか! ち、乳首や下半身を見られるなんて……羨まし、じゃなかった殺す。あ、鼻血が。  流石にそんな呪いみたいな不確かなものに頼るのは止めたが、今でも呪いの掛け方の本が家の本棚にある。  辰巳をはじめ、俺が空良を好きなのは近くにいた人たちに完全に気付かれていた。誰よりも空良のことを優先していたし、空良に近づこうとした奴には笑顔で牽制していたからな。 「ねえセンパイ。センパイってソラさんのこと大好きでしょ?」  後輩の工藤さくらはわざわざ直に空良のことを好きか俺に聞いてきた。そうだと答えると嬉々として祐樹×空良をモデルにした同人誌をみんなに隠れて作っていた……。まさかこんな近くに腐女子がいるとは。もちろん工藤さくらが作った本は全てお買い上げした。    でも鈍い……じゃなかった純情で恋愛に奥手な空良はまったく気づいていなかったようだ。    俺はずっと空良の傍にいるために、この恋心にフタをした。  もし好きだと告白して気持ち悪いと言われ、距離を取られたら生きていけない。空良に触れたい。自分の物にしたい。けれど、それよりもずっと強く思うのは、空良の隣にいたいという欲求。恋人だと別れたら終わりだ。親友ならずっと傍にいられる。ずっと傍にいたいなら告白してはダメだ。  そう思っていたのに我慢の限界が来た。空良が家の経済的事情で大学には行かず就職すると言ったのだ。下の双子の弟と妹を大学に進学させてやりたいと優しげにほほえむ空良に、俺は何も言えなかった。  空良が俺の前からいなくなってしまう。大学生の自分とは生活の時間帯が違う。会社に入れば忙しくなって俺と会う時間が少なくなってしまうだろう。会社の同僚と仲良くなって俺のことを忘れてしまうかもしれない。可愛い空良に変な虫が寄ってくるかもしれない。ずっとずっと空良の傍にいたのに、会える時間が短くなったら俺は息が出来なくなってしまう。  それならダメ元でもいいから告白しよう。  もし。もしも空良が告白を受けてくれたら一生幸せにする覚悟がある。もし告白を断るようなら空良を誘拐・監禁してでも傍にいる。いざとなったら同性婚が認められている祖母の出身国に連れて行ってもいい。  俺は空良を愛している。  俺は何があろうとぜったいに空良を手に入れる。空良はずっと、永遠に俺のものだ。  空良を手に入れたら俺の傍から離れられないように、じっくりと身体に教え込んでいくとしよう。  分かる人には分かるように、『サクラ』の名前を使って全員の前で俺は空良に告白する。  空良は『サクラ』が自分のことだと気付くだろう。そして俺が空良の事が好きだと理解するだろう。  俺が空良のことを好きだと知っている奴はもちろん空良の名の漢字も知っているから『佐空良(サクラ)』が佐川空良だということに気付くだろう。  さあ、空良は来てくれるだろうか。  俺は神社の軒下にしゃがみ込んで空良が来るのを今か今かと待った。  *****  ジャリ……と石を踏む音がする。  ばっと顔を上げる。  そこには寒さ対策バッチリの空良がいた。  来てくれた。  嬉しい。巻いてくれたマフラーが暖かくて、心も暖かくなって。  俺は今、世界で一番幸せだ。  空良の唇を貪りながら、俺はチラリと砂利の上に置いたままになっている自分のカバンを見た。  ーーああ良かった。  カバンの中に入っている睡眠薬入りのコーヒーや、ネットで買った拘束具を使う必要がなくなって。

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