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第3話 sideタツミ

「俺はサクラが好きだーー!! 俺と付き合ってくれるのなら、今日の午後五時、俺たちの思い出の場所に来てくれーー!!」  はあ。  やっと告白したか。  それもマウント取るようにみんなの前で。  ユウキが言う『サクラ』が誰のことなのかユウキとソラの身近にいるみんなはすぐにピンときたみたいで、一斉にソラを見た。だってあいつの名前、『』だからな。  ソラの事をユウキのモブ、あるいはただの取り巻きだと思っていた女どもは金切り声を上げてる。『ソラが好き』と名指しで言わないのは、ソラに迷惑がかからないようにするためか。学校一のモテ男が同性のソラを好きだなんて言ったらソラが好奇の目に晒されるかもしれないからな。いくらソラ偏愛のアイツでも、それくらいは考える頭があったようで良かった良かった。  でも二人のことを知っているオレたちにはハッキリとソラに手を出すなと言いたいんだろうなあ。オレたちがソラに手を出すわけないじゃん。殺されたくないもん。  みんなの前で告白されたソラが呆然と壇上を見て固まってるのを見つけた俺は声を掛けた。  人前で叫ばれるなんて恥ずかしいもんな。呆然とするのも仕方ない。 「おーい! ソラ。ユウキ凄えな! みんなの前で告白したぞ!」 「うん……」 「いやあ、ようやく告白したのかって感じだよな」  二人のラブラブっぷりを見せられるこっちの身にもなって欲しかったぜ。荷物をさりげなく持ってやり、道は車道側を絶対に歩かせず、勉強を教えてやり、同じ生徒会に推薦で入れ、放課後どんなにソラが遅くなっても待って一緒に帰る……って付き合いたてのカップルかよ! という状態をずっと見せられていたオレたちはもう胸焼けしまくってたぜ。  んーーでも、告白されたはずのソラは全く嬉しそうじゃなく、なんか動揺してるみたいなんだけど何で?  まさかユウキの告白を断る気じゃないよな。そうなったらお前、何されるか分かんねぇぞ。アイツはソラを手に入れるためなら何でもする。確実にする。  なぜかソラはユウキのことを盲目的に尊敬している所があって、アイツのことを聖人君子のように思っているみたいだけど、そんな顔を見せるのはお前に対してだけだから!  実際のあいつは爽やかな顔をしてるくせに、執拗で陰湿な蛇のようなヤツなんだぞ。気付け。  いやあ、でも次のソラのセリフを聞くまで、まさか本当にユウキがソラの事を好きだということに気付いてなかったなんて思わなかったわ。晴天の霹靂ってこういう時に使うんだな。 「タツミ! ユウキの好きな相手知ってたの!? えっと……その……僕だって」  呆然としたのはオレの方。  あんだけあからさまなのに、お前らがお互いを好き合ってることにオレたちが気付いてないとでも思ってたのか? 何年お前らの友達やってると思ってるんだ。あ、いや、お前らと一時間くらい顔を付き合わせれば分かるくらい超あからさまだぞ。  マジで今までユウキはただの親友だと思ってたの? 恋愛の方の好きだと気付いてなかった? いくら鈍感なソラでも気付いてなかったなんてないよね? ないよね!? ななななないよね? 『な』が多いなおい! 「えっ、逆にお前は気付いてなかったのか!? あんなにもあからさ……」 『あんなにもあからさまなくらいにユウキから好意を向けられていたのに気付かなかったなんて言わないよね!? まさか親友としての好きだと思ってたわけじゃないよね?』と、言おうと思ったら女の声が重なってオレの声が最後まで聞こえなかったみたいだ。  声の方を見ると、二年の時にユウキと同じ生徒会に入っていた工藤さくらだった。そういえばこの子も『サクラ』だったな。  彼女はもちろんユウキがソラの事を好きだと知っている。何せユウキとソラモデルにした男同士のエッチな話をユウキ公認で書いているくらいだから。オレも無理矢理読まされたけどあれはエグかった……。ユウキのモデルであろうモテ男の君が幼馴染の君にフラれて、でも諦めきれずに誘拐して監禁する話だった……。同じことをユウキがしそうで怖い……。いや、しそうじゃねぇな。するな、確実に。まったく何てモン書くんだよっ! 「きゃあ、さくら! あれ、あなたのことじゃないの?」 「えー、やだ。違うわよ〜〜」  友達に自分が『サクラ』ではないかと言われた工藤さくらは手を振りながら拒否していた。オレとソラが見ているのに気がついた工藤さくらはソラに『ネタありがとう! また二人をモデルにいいお話が書けそうだわ!』とでも言いたそうな顔でにっこりと笑いかけた。隠した手で小さくサムズアップしているのをオレは見逃さなかった。  工藤の書いた薄い本はユウキがまずチェックのために読むのだが、ある日、冷たい目をした無言のユウキに無理矢理押し付けられて読まされた本、これが例のソラタ君が誘拐され監禁されるって内容のだった。それには二人の恋の邪魔をして別れさせようとすると言う名の登場人物が出てきて、ユウジ君に事故に見せかけて殺されていた。ってかタクミって……。こいつのモデルってオレじゃね!?  小説にオレを出すと、ユウキがオレに嫉妬して睨んでくるから本当に止めて。妄想と現実の区別ちゃんとして!! あの時ほど生命の危機を感じた時はなかったよ……。 「だから、さくらはあたしじゃないって! ほら、ユウキセンパイが好きなのは、いつも一緒にいるあの人だって」 「ああやっぱり? 多分そうじゃないかと思った」 「じゃああんたの小説のモデルってあの人なの? きゃー」  腐女子同士で話が盛り上がってる。これ、ソラに聞こえてないだろうな? ソラにはそんな本の存在など一切知らせていない。もし知ったら泣いてしまうかもしれない。  ってあれ? ソラがいねぇ。どこ行った?  壇上から下りたユウキは真相が知りたい奴らに囲まれてもみくちゃにされていた。『サクラ』がすぐにソラのことだと気が付かないアイツらは、ソラのことをユウキの取り巻き扱いしていた奴らだ。ユウキの顔は笑顔だが、目の奥は笑っていない。暴れ出したりしないよな? 「おい、タツミ。『サクラが好き』って言ってるけど、やっぱりさっきの告白、ソラに向けてだよなあ」  同じクラスのセイジがタツミに寄ってきて声を掛けた。二人とも三年間ソラと同じクラスだった。 「もちろんそうだろ。でもさ、さっきまでオレ、ソラと一緒だったんだけど、どうやらソラは今までユウキがソラの事を恋愛っていう意味での好きだって気が付いてなかったみたいなんだよな」 「まさか!? 鈍感すぎるだろ。いや、ソラだからあり得るのか……?」  思わず二人で目を見合わせた。  まあでもこれでソラがちゃんとユウキを受け入れてくれれば、ユウキがオレたちに嫉妬することもなくなるだろう。ユウキの嫉妬心はものすごーく深くて重たかったから。もうちょっと、もうちょっと早くに二人がくっついてくれていたら高校生活が穏やかに過ごせたのに……!!  特にユウキとソラのクラスが分かれてしまった二年生の一年間。あの一年はオレたちにとって苦労の連続だった……。  槙原高等学校は二年生から文系と理系クラスに分かれる。  文系クラスは一クラスしかないのだが、理系は二クラスあって毎年クラス替えがある。二年生の時、ソラとユウキのクラスが分かれてしまったからもう大変。校長に抗議しに行こうとするユウキを、オレと柔道部のセイジが羽交い締めにして止めた。 「じゃあタツミとセイジ。校長に直談判するのは止める。その代わり責任を持ってソラ身柄を有象無象の手から守ってくれ」  ソラと同じクラスになったオレとセイジはそうユウキに頼まれ、ソラに女の子が寄ってこないように盾になった。とはいえユウキは休み時間ごとにオレたちのクラスにやってきて、昼も一緒に食べていたから、ほぼ同じクラス同然だった。  放課後、毎日のようにユウキに生徒会室に呼び出され、今日のソラは一日こうでしたよ〜〜ああでしたよ〜〜と報告させられた。浮気されて探偵を雇う旦那かよ。  まあこれもユウキがソラを大好きだからしている行動だと思えばまだ許せたが、オレとソラが柔軟体操をしているだけなのに睨むのは止めろっ! たぶん身体の接触があったことに嫉妬しているのだろうけど、身体を触らない柔軟体操をがあれば教えてくれ!  そして一番恐ろしい行事……。それは宿泊研修だった。宿泊研修は基本班行動で、同じ部屋の班でカレーを作り、一緒にお風呂に入り、一緒の部屋で寝る。ユウキはソラの手料理を食べるなんて許せん! 一緒の部屋で寝るなんてまかりならん! ましてや一緒に風呂に入るなんてっ!! と荒れに荒れた。ソラと同じ班のオレたちはユウキに殺されるのではないかと戦々恐々。アイツはオレたちを呪い殺すくらい平気でする。何なら毒を盛って研修に行けなくする。絶対やりそうで怖すぎる。  結局、ユウキ班は、何でもできるユウキが料理スキルを駆使してカレーをさっさと作り、余った時間を使ってオレたちの班に来てカレーを食べていった。ちなみにソラはジャガイモの皮剥きしかしていないがな。  寝る時はセイジとユウキが部屋を交代した。当たり前のようにソラの隣の布団に寝たユウキは、寝ぼけたフリしてソラの布団に潜り込んでいた……。  お風呂も何をどうやったかは知らないが、なぜかしれっと同じ時間にオレたちと入っていた……。隣のクラスとは風呂の時間が違うはずだよね? どうやったの、ほんと!? あれ? 同じ班のケンイチとリョウタがいないっ!! どこ行ったの……。怖っ!!  ユウキはオレたちに極力ソラを見ないこと、何なら目を閉じて入れ! と無茶振りした。男の裸なんか見たって嬉しくも何ともないのに……。風呂の中では必ずユウキがソラの盾になって見えないようにしていた。おいっ! ユウキこそ目線がソラの下半身に向いてるじゃねぇか! お前こそソラの裸見るな! って鼻血! 鼻血出てるからっ!!  何でオレたちがこんな苦労しないといけないんだ、とは思ったが殺されるよりはマシだった。  ついでにソラの宿泊研修時の写真をユウキに献上して機嫌を取っておいた。  三年生になってようやくソラとユウキが同じクラスになった時は、宿泊研修で同じ班だったヤロウどもとジュースで祝杯を上げた。一年、生きられて良かった……。  *****  ピロリン♪  オレはポケットからスマホを出した。ソラからのメールだ。  自分と佐倉静香は今日の謝恩会に行かないとの連絡だった。  謝恩会に来ないということは、ソラはちゃんとユウキの所へ行くつもりなんだよな? でもなんでソラが佐倉静香の予定も報告してくる……?    まさかソラはユウキの所へは行かず、佐倉静香と一緒にどこかへ行くつもりでは……と一瞬焦ったけれど、よく考えるとそんなはずはなかった。  だって、佐倉静香と市立図書館の司書をくっつけたのはユウキだからな……。  オレたちがユウキに生徒会室に呼び出されてソラの一日を報告しているほんのわずかな時間、読書が好きなソラは学校の図書室で一人、本を読みながらオレたちを待つようになった。そんなある日、そこに同じクラスの佐倉静香が来て、ソラとは読書傾向が似ていることもあって挨拶を交わすようになったのだ。  ソラの監視の報告なんて時間を取らなければ、ソラを一人にする時間なんて生まれなかったのに。自業自得だ。  そのことを知ったユウキはさっそく佐倉静香に声を掛けるようになった。しかし彼女は取り付く島もなくユウキを無視した。ソラはユウキやオレたちが一緒にいても、相変わらず図書室へ寄って借りた本を返し、佐倉静香と挨拶を交わした。 「ソラってさ、最近佐倉と仲良いよね? も、もしかして……彼女のこと好きなの?」  佐倉件でユウキの機嫌が最悪で、いつ爆発してもおかしくないような状態なので、ユウキが聞きたいことをオレがおっかなびっくりソラに聞いた。これでソラが佐倉のことが好きだなんて言ったら、ユウキは佐倉を殺してでも排除するだろう。 『槙原高等学校幼馴染殺人事件! 幼馴染の裏の黒い顔…学校で王子と呼ばれた生徒会長がなぜ同級生を殺したのか。愛憎渦巻く三角関係!!』  なんて二時間ドラマみたいなのは止めて。 「え、そんなに仲いいわけじゃないよ。同じクラスなんだから挨拶くらいはするでしょ? 一度図書室で同じ本が好きだってことが分かって、その時はその本について話したけど、それからは挨拶するくらい」  あっけらかんと言われてオレは胸を撫で下ろした。  しかしユウキはまだ二人が挨拶以上の関係になることを警戒して、佐倉静香が近くの市立図書館の若い司書が好きだという情報を女友達から仕入れてきて、裏で手を回して二人がたまたま街中で会うように画策したり、図書館で二人っきりになるようにしたりして、見事二人をくっつけた。恋のキューピッドってやつ? それはとてもいいことだけどさぁ。自分のためにやってるってところがもう何とも言えないよね……。  同じことを保険医の五島咲良先生にもやった。体育でケガをして保健室へ行ったソラが、「五島先生って色っぽいよなー」って言っただけなのに警戒して、これもまた五島先生のことを好きな数学の橋本先生を焚き付けて二人が結婚するように持っていった。  ……ユウキはもう結婚相談所でも作ったらいいんじゃないでしょうか!?  ***** 「三年間、どうもありがとうーー!!」 「田中先生、勉強教えてくれてありがとうございました!!」 「橋本さん、好きだーー!!」  おーお。  みんな元気だなあ。  壇上ではまだ卒業生の叫びが続いていた。  でもさすがにユウキの時ほどどよめかないな。当たり前か。そのユウキは囲みからようやく抜け出して、担任と話している。揉みくちゃにされたのか、パリッと決まっていた髪がぼさぼさになっている。それでもユウキは男前だった。  う、羨ましくないもんねっ! 「俺の三年間を返せーー!!」  聞き慣れた野太い声がした。壇上で叫んだのはセイジだ。アイツもオレと同じく三年間ユウキに振り回された一人だ。思わず目と目で通じ合ってしまった。お疲れさん。ユウキとソラが来ない謝恩会で思う存分歌って食べて楽しんでくれ。  さて。じゃあオレも最後にユウキに向かって叫んどくか。  オレは壇上に上がって大きく息を吸った。 「 お願いだから、犯罪者にだけはなるなよーー!! 」  ユウキが壇上のオレの顔を見て、ニヤリと笑った。  その笑顔はどっちの? 分かったっていう笑顔か、それは無理だよっていう笑顔か。  頼むぜ、マジで。  神さま。どうか二人がうまくいきますように。  もうこれ以上、オレたちに迷惑がかかりませんように!!!  そしてソラ、がんばれよ。  ユウキの手綱を握れるのはお前しかいないんだからな。

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