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揺れる想い。
最後の別れ間際に胸が切なくなるようなキスをすると、阿川は潔く身を退いた。
「葛城さんの気持ちよくわかりました。俺はきっと、この先ずっと貴方の事が好きだと思います。忘れられない人になるかも知れないですけど、どうか心の中で貴方を想うことを許して下さい。じゃあ、葛城さん。これで貴方とは本当にお別れです。今まで色々とありがとうございました。そして、どうか元気…――!」
そう言ってアイツは片手を伸ばすと右の頬を撫でてきた。その表情はどこか切なく、失恋したような顔だった。俺はアイツから別れを告げられると、呆然とした表情で黙って佇んだ。阿川は何も言わずに背中を向けると、地面に置いていた箱を両手に持って非常階段の入口へと向かった。
振り向き様に背中をジッと見つめると、急に胸の奥がざわついた。最後にキスされた時の胸のときめきが甦ると唇は震えた。そして、気持ちがざわつくとハッキリとした答えも出せないまま、後ろから腕を掴んで引き留めた。
『待て、阿川行くなっつ!!』
咄嗟に体が動くと、その場でアイツを引き止めた。自分でも正直驚いた。それは阿川も同じだった。その拍子に両手に持っていた箱を地面に落とした。
「――葛城さんどうして俺を引き留めるんですか? 貴方は俺の気持ちには、応えられないと言いました。なのにどうして俺を引き留めたりするんですか?」
アイツは振り返る事もなく、背中を向けたまま尋ねてきた。その問いかけに口を閉ざすと、掴んだ腕を離さないまま俯いて答えた。
「 そんなの自分でもわからないさ…! でも、この腕を離したら二度とお前と会えないと思っただけだ――!」
「葛城さん……」
「それにあんな風なキスされたら、お前の事を忘れることも出来なくなるだろ…――!?」
アイツの前で体が小刻みに震えると、自分が思ってる事を有りのままの気持ちで伝えた。
「阿川、一度しか言わないからよく聞け。お前が辞めるのは勝手だが、だけどその理由が俺だったら絶対に許さない。お前が俺に辞めるなと言ったように、俺はお前には辞めて欲しくないんだ…――!」
そう言って顔を上げると真っ直ぐ見つめた。
「だから辞めるな阿川……! ここで俺と一緒に居てくれ…――!」
自分の気持ちがまだ整理できない状態の中で、勇気を振り絞って思いを伝えた。そして、アイツの掴んだ腕を強く握った。阿川は何も言わずにゆっくりと後ろを振り返ると、真っ直ぐな瞳で俺の事を見つめた。
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