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恋のスタートライン。
「俺はお前に辞めて欲しくないって思ったんだ――。だから戸田課長に言われたから連れ戻しに来たんじゃないぞ。それに俺はだな……!」
「葛城さん…――!」
「ッ…!?」
その瞬間、阿川は彼の名前を呼ぶとバッと抱きついてきた。急に抱き締められると、葛城は驚いた表情を見せた。
「ありがとうございます…――!」
阿川は葛城のその気持ちが嬉しかった。本当だったら嫌われても当然なのに、不器用だけど自分を受け止めてくれる彼の心の広さに言葉では言えないくらいの気持ちに心が満たされた。
ギュッと抱き締めるとその腕は僅かに震えていた。自分より大きな体格の男が、目の前で小刻みに震えている姿を見ると、葛城はソッと優しく彼の背中を叩いて黙って受け入れた。まるで幼い子供をあやすようなそんな優しさが手の平から伝わった。
阿川は葛城の肩に顔をうずめると、そのまま自分の顔を手で覆って泣いた。そして再び「ありがとう」と震えた声で返事をした。ふと瞳を閉じると阿川の目の前で彼が書いた退職届けを破り捨てた。その表情は、どこか穏やかだった。
「――もうこれは必要ないな?」
「葛城さん……」
「必要ないだろ?」
「……はいっ!!」
彼にそう言われると泣きそうな気持ちをグッと堪えて明るく返事をした。そして、空には破り捨てられた紙が風に吹かれて宙を舞った。まるで綺麗な花吹雪のようだった。風に吹かれた紙が宙を舞う中で、阿川はそこで自分の決意を彼に思いきって話した。
「葛城さん、改めて貴方に言いたいことがあります。だから聞いてくれますか?」
「ああ、聞いてやる…――!」
阿川は真剣な眼差しで彼に想いを伝えた。
「俺、やっぱり貴方が好きです…――! どうしようもないくらいに貴方が大好きです! だから言わせて下さい! 俺のこと好きにさせます絶対に! だから覚悟して下さいね!?」
彼の口から出た告白宣言に、葛城は驚いた顔をすると黙って佇んだ。そして、フと笑みを浮かべた。
「――そうか、じゃあ言わせて見ろよ。だけど俺は、そんな簡単には落ちないぞ? 何せお前は俺より年下だからな。年上を口説くには10年早い。それに俺達はまだ恋愛にもなってないんだぞ?」
葛城のその言葉に阿川は、真っ直ぐ見つめて言い返した。
「じゃあ、今から二人でよ~いドンしましょうか? 恋愛にスタートラインって肝心じゃありませんか?」
「スタートライン?」
「そうです。じゃあ、よ~いドンしましょう!」
「まったく子供だな、でも何かを始めるにはスタートラインは肝心かもな……」
葛城は彼にそう言われるとフとに呟いた。その瞬間、自分の頬に彼の唇が触れた。
「なっ、何する…――!?」
突然、頬にキスされると顔が赤くなった。阿川は、彼の頬にキスをすると悪戯に笑って見せた。
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