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その時、彼は――(阿川side)

  ――翌日、俺は退職届を書いた。  昨夜は色々と考えて寝れなかった。何より彼の為にはどうしらいいのかを真剣に考えた。そして、思い悩んだ末にやっと答えが出た。  きっと俺が彼のことを好きでも、それは彼にとっては迷惑な話だ。それに彼は同性愛者じゃない。自分の気持ちを勝手に押し付けているだけだ。きっと俺が、ここを辞めなくても、彼は辞めるだろう。それに俺の気持ちに応えてくれるのは絶対にない――。  今までノンケだった男が、いきなり同性愛に目覚めるなんて、それはただの物語りだ。現実はそんなに、甘くない。だから俺は決心した。本当に彼のことを思ってどうしたらいいのかを考えた時に、俺は彼の前から消えようと決めた。  本当はそんな選択肢は間違っている。  本当はもっと傍にいたい。  もっと彼を近くで感じていたい。  だけどそれが彼の為になるなら、そんな狡い優しさでも、彼の為にはなるだろう――。  退職届を鞄に入れると、そのまま会社に出勤した。そして、それを自分のデスクの引き出しに閉まった。彼が会社に来た時、それをいつでも取り出せるようにしておいた。そして彼がここに来た時、俺はその日のうちに退職しようと覚悟を決めたのだった。

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