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その時、彼は――(阿川side)
――様々な思いが胸の奥から混み上がった。そして、それと同時に彼への愛も、未練も、同時に波のように押し寄せた。瞼に彼の姿を思い描くと、そこで切ないため息が漏れた。そして、そこに彼への愛しい想いを断ち切った。阿川はそこで最後、深いお辞儀をした。そして、彼は会社から静かに立ち去った。回転扉を出ると外は風が吹いていた。阿川は会社のビルから出ると目の前の道をトボトボと歩いた。だけど一度も振り返ることもなく、前だけをしっかりと見ていた。
……もう、これでいい。
どうか俺のことは忘れて幸せになって下さい。
葛城さん、俺は貴方が好きでした。だから…――。
『阿川っ……!!』
その瞬間、聞きなれた声が後ろから聞こえた。名前を呼ばれると彼はそこでハッとなった。そして、急に感情が胸の中に溢れ出した。名前を呼ばれると歩いていた足を止めた。そして、そこで立ち止まった。
『阿川、待てっ!!』
「っ…――!」
再び名前を呼ばれると心の中はかき乱された。もう二度と会う事もない彼に再び再会すると、抑えていた気持ちが勝手に溢れだし瞳は涙で濡れていた。そして彼はゆっくりと後ろを振り返った。名前を呼ばれて、後ろを振り向くとそこには葛城がいた。彼は息を切らしたままの姿で阿川の前に立った。
「葛城さん…――」
もう会えないと思っていたのに、そこに葛城が目の前に現れると、彼は意表を突かれた表情で黙って立ち尽くした。
嘘でもいい。
神様これが夢なら醒めないで下さい。そして、俺が彼を愛すことをどうか許して下さい…――。
目の前に愛しい人の姿が視界に入ると、彼は純粋な気持ちで愛を強く願った。
END
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