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マンションの地下の駐車場に車をいれると広瀬が待っていたのだろう走って近づいてきた。手に、薄手の毛布と薬箱をもっている。どの程度の怪我かわからなかったからだろう。東城がドアを開けると、広瀬はあやめが車を降りるのを手伝った。
広瀬は、女性が傷つけられたり怖がっていたりすることには特に強く反応する。もし、この場に相手がいたら、後先考えずぶちのめしているだろう。
「大丈夫ですか?」と広瀬は聞いた。
あやめはうなずく。が、長い距離歩けそうにはない。靴もヒールが高く不安定だ。
「東城さん、おぶっちゃってあげたほうがいいですよ」と広瀬は言った。
そして、東城の背中にあやめが乗るの助け、自分はあやめのバッグやヒールを手に持った。
「すみません、こんなことまで」とあやめは背中で申しわけながった。
見た目よりも小さい軽い身体だった。血のにおいがする。怪我がひどいのだ。病院にいったほうがいいな、と東城は思った。タイミングをみて、連れて行くか、誰かにきてもらうかしなければ。
部屋につくと、広瀬は、ためらうことなく、あやめが服を脱ぐのを手伝った。灯りの下で見ると、顔が殴られて腫れている。手首やのどにあざがある。薄手のブラウスが破れ、背中に裂傷が走っていた。ブラウスの上からあの鞭で殴られたのだろう。背中以外も腕や腹部に打撲の後がある。
「医者にみせたほうがいい」と広瀬は言った。そういいながら氷と水を入れたビニールをタオルで包み、あやめの顔を冷やしてやる。
あやめはかたくなだった。「病院はいやです」
いろいろと詮索されるのがいやなのだろうか。確かに病院には通報義務がある。こんな怪我の場合は十分警察沙汰だろう。まあ、警察署に行っていないだけで、東城たちと一緒にいるので既に警察が把握しているといえるが。
「でも」広瀬は東城をみあげた。
「医者に電話してみる」と東城は言った。「俺の母親が医者だから、様子伝えてどうしたらいいか確認します。どうしても病院にいったほうがよさそうなら、そのときには、一緒に行きましょう」と東城は広瀬とあやめに伝えた。
「怪我を写真にとって送ってみせてもいいですか?顔は絶対に入らないようにするので」あやめは同意した。
東城の実家が病院だというのは広瀬も知っていた。母親が医者だというのもなんとなく聞いたことがある。
東城は電話をかけた。しばらくすると相手がでる。相手が先に何かを東城に言っていた。東城がそれをさえぎっている。
「お母さん、急な電話で、って、いや、俺は全然大丈夫だから」
東城の母親は、まだ、なにかを言っているようだ。
「怪我をしてて、だから、俺じゃないって。俺は大丈夫。お母さん、ちょっと、待ってって。まず、怪我の様子を見て欲しいんだ。あー。うん。写真送るから。手当てできそうかどうか。うん。そう。来なくていい。っていうか、来たほうがいいかどうかを判断して欲しいんだってば。ああ、そう。今から写真送るから、メールで。使い方わかる?いや、年寄り扱いしてるわけじゃないけど。すぐとって送る」
東城の母親はうるさく話しているようだ。どことなく東城の口調がこんな場合なのに少し子供っぽくて、広瀬はじっと彼をみてしまう。
あやめが口の動きだけで、「マザコンですの?」と聞いてくるのも笑えた。
東城は電話を一旦きって顔をあげた。「広瀬、彼女の首から上にタオルかなんかかけて、顔、絶対移らないようにしてくれ」といった。言われたとおりすると、背中の傷や腕の打撲を写真にとってメールで送った。
まもなく電話がかかってくる。
「はい。え?なに?俺じゃないよ。こんなことするわけないだろ。違うって。してないから。うん。それで?どうしたほうがいい?病院はいやだっていうんだよ。知らない。そういう人もいるんだよ。うん。薬は?」東城はかがんで薬箱を開ける。いくつか名前を読み上げる。そして、一つを外に出した。
その後、手当ての方法や気をつけることを聞いている。
さんざん話をした後で、「忙しいから今月は無理、帰れません」と冷たいことを言って、礼も言わずに東城は電話を切った。
そして、手当てをし、飲み薬をあやめに渡す。
「何か食べることはできますか?」と聞く。「あったかいものかなにか、腹に入れてから飲んだ方がいいらしい。広瀬、なんか食べるものあるか?」
広瀬は、立ち上がって、冷蔵庫や戸棚をあける。豆の缶詰、お湯をそそぐだけでできるカップの味噌汁。災害時に食べる用の乾パン。いつもそうだが、ろくなものはない。ちょっとでも食べ物があると、おなかをすかせた広瀬が食べてしまうからだ。
とりあえず広瀬は近くのコンビニに行き食料を調達した。
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