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会議が終わり解散になったので、広瀬は会議室を出た。あやめのことが気になる。東城からなにか連絡が入っているかもしれないが、人がいるところでメールを見るのはやめといた方がいいだろう。 宮田が後ろから追いかけてきた。「待てよ」とかなんとか言っている。「戻って仕事するのか?今日はもうよそうよ」そこで彼は言葉を切った。 福岡と竜崎が会議室からでてきて前を通りすがったのだ。壁に寄って行き過ぎるのを待っていたら福岡がピタリと足を止めた。宮田が固まっている。話を聞かれて注意されるのかと思ったのだ。 広瀬は目をふせていた。沈黙が流れる。本庁の二人は前から動かない。 「福岡さん?」と竜崎が声をかけている。 静かだ。広瀬は顔をあげた。 福岡が自分を見ていた。幽霊を見ているような顔だった。先ほどまでの横暴な雰囲気はない。目が合ってしまった。 「お前は、誰だ?」と聞かれた。本人は押し殺したつもりだろうが、声が大きい。会議に参加していた者たちがこちらを一斉に見る。 「なんで、ここにいるんだ?お前は、誰だ?」再度聞かれた。 「福岡さん、どうされたんですか?」竜崎が困惑している。 「黙ってろ。この男に質問してるんだ」と福岡が言う。「名前は?」 広瀬は口を開いた。福岡は探るようなするどい目をしている。 「広瀬です」と答えた。 福岡は目を見開く。「下の名前は?」 「広瀬彰也です」 「広瀬信隆」と押し殺すような声が言った。「お前のなんだ?」 広瀬は答えをためらった。 「知ってるんだな」と福岡が言う。「お前と広瀬信隆の関係は?」 沈黙が続く。誰も何も言わない。 「返事は?」 福岡はじっと待っている。長い時間だった。 「父です」と広瀬は答えた。 「広瀬信隆の、息子か。なんで、ここにいるんだ?どうして警察に?なにをしているんだ?」たたみこまれる。 そこに、「福岡さん、広瀬がなにか?」といいながら課長が来た。誰かが課長にこの騒ぎを連絡したのだろう。 福岡が課長を見る。「どうして、広瀬信隆の息子がここにいるんだ?」 「は?広瀬は、大井戸署の刑事ですが、何かしましたか?」課長は福岡に質問している。 福岡はしばらく考えていた。そして、「いや、なんでもない。驚いただけだ」といった。そして、彼は広瀬には何も言わず竜崎をつれて立ち去った。課長も一回周りを見回してから、無言でその場を離れた。 大勢の目が広瀬に注がれていた。誰も、彼に質問はしてこなかった。 「広瀬信隆ってだれ?今の何?」と宮田の顔に書いてあった。それも太字のマジックペンで書かれているようなくらいあからさまだった。しかし、彼にしては珍しいことに質問してこなかった。 広瀬も言うことはなかった。自分の机に戻り仕事をした。 宮田や君塚が何か話しかけたそうにしていたがそのそぶりに気づかないふりをした。時間をかけて報告書を書き、今まで溜まっていたデータの整理もした。時間はかなり遅くなっていた。事務所には誰もいなくなった。 広瀬はサブシステムのタブレットを取り出した。胸ポケットにさしているペン型の小さなカメラをタブレットに同期させデータを転送する。 福岡と竜崎の写真をタブレットの人事ファイルに登録した。名前と所属を入力する。そして、福岡の情報の自由コメントに「?」と書いた。 東城からは連絡がきていた。短いメールだった。トラブルがあり今日は家には戻らない、次にいつ帰るかは未定、ということだった。広瀬は自分のアパートに帰ることにした。あやめのことが心配だった。

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