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ソファーで彼の隣に座り、濃い目の水割りを飲みながらあやめのことを聞いた。彼女は無事にしているのだろうか。怪我はどうなったのだろうか。 「あやめさんは無事だ。医者にもみせることができて、怪我も手当てしてもらえた。あの朝、一緒に店に行っただろう。日誌とパソコンを運んでいたら、店の奥から煙がでたんだ」 誰もいないはずの個室の一つから火がでたのだ。すぐに消火器使ったが、その隣にも火が回っていた。消防呼んでその場を離れたのだ。 「少しだけど火傷した。あやめさんも髪の毛ちょっとこげて、後ろ切ったんだ。申し訳ないことした。消火器なんて使ってないでさっさと出るべきだった」 東城が見せてくる右腕には、ほんの少し火傷の赤い跡ができていた。 資料は車には積みきったのだが、店は使えなくなった。火災のため店はもちろん営業停止だ。今後どうなるのかはわからない。 消防の話では、個室の窓は開いており時限装置付きの発火装置が置いてあったらしい。明らかに放火だ。どうやって個室に置いたのかは確認中だ。 近隣の防犯カメラや目撃情報を集めている。だが、もともと怪しげな店の多い地域だ。協力的な人間はおらず、カメラもあっても撮れていないなどとごまかされてしまっている。 あやめの店から持ち出した書類は解析中だ。なにか手がかりがあればいい。 「ところで、近藤の死体が運河にあがったんだろ?」と東城は言った。「結局、殺されてたんだな」 近藤は東城たちがそもそも探していたのだ。SMクラブで写真を撮られ、ばら撒かれるとおどされて会社の機密情報を盗んだ。その後、行方をくらましていたのだ。 「もっと前にみつけてやっていれば」と東城は残念そうだ。 「産業スパイの組織が殺したんですか?」 「こっちの見立てはそうだ。大井戸署の見解は知らない。お前はどう思う?」 「わかりません。運河に詳しい人がいたのは確かです」目撃情報がないのだ。死体を落とすことができた場所は死角だ。それを知りえた人間は少ないだろう。 東城はうなずいた。「そっちの線で調べるとなにかわかりそうだな」そして、言葉をつなげる。「福岡さんが大井戸署にいったらしいな。お前、福岡さん見た?」 「会議にでましたから」 「会議であいさつしてた?北海道に左遷されてた福岡ですって言ってただろ」 広瀬はうなずく 「やっぱりな。あいさつのとき必ず言ってる。聞いた人間の嫌がる顔をみて楽しんでるんだ」 東城は顔をしかめていたが半分は面白がっている口ぶりだった。 あの会議の後、福岡が広瀬に質問してきたことは知らないようだった。 「福岡さんって前は何をしていたんですか?」と何気ない風をよそおってきいた。 「前って?」 「今のチームを作る前です。経歴」 「ん。なに、関心あるんだ。珍しいな」 「個性的な人だったので」 「まあ、そうだよな。ずっと二課にいたって聞いた。取り扱ってたのは政界の賄賂とかじゃなくて、詐欺事件がメインだったらしい。その方面じゃエースだったって自分で言ってたぞ」 「そうですか。いつから二課に?」 「知らない。普通に考えたら、30代前半じゃないか?もっと前かもな。今50いくつだから、20年以上前だろ。20年以上前って言うと、今とはだいぶ二課も違うだろうけど」 「警察庁の幹部と親しいという話を聞きました」 「そうかもな。詳しいな、お前。ああいう人、印象的だった?意外な好みだなあ。福岡さんみたいなのがいいのか?押しもあくも強い人?」からかうような声音だ。 「何でもそういうふうに思うって、ある種の病気だと思います」 「お、言い返すところが、ますます何かを物語っている気がする」 軽く肩をこづくと笑顔になっている。 「そうそう、福岡さんと一緒に会議にでてた人いたろ、竜崎さん、今日、大井戸署に行くって言ってたけど、会ったか?」と聞かれた。 「はい」と答える。そして、今日、運河で竜崎に会ったことを話した。その後昼食を奢ってもらったことも。 「大井戸署の情報が欲しいんだ」と東城が言った。「福岡さん、ああいう人だから、所轄の協力を得られにくいんだよ。だから竜崎さんとか周りが動いてなんとか情報をもらってるんだ。だけど、竜崎さんにペラペラ話すんじゃないぞ」と言って、ふと間があく考える。「と、宮田に言っておけよ」無口な広瀬がペラペラ話すわけがないということを思い出したのだろう。 「竜崎さんと会ったこと高田さんには報告したのか?」 広瀬はうなずいた。「特に何も言われませんでした」 「そうか。俺が言うのも変だけど、気をつけろよ。こっちとしては何でも教えて欲しいけど、宮田から話を聞きましたからってこっちが言ったら、宮田の立場がなくなるからな」 その後、東城はまたあやめの話をした。 仕事がなくなるかもしれないと心配しているらしい。知り合いに頼んで別な職場を紹介してもらうと言っている。他の従業員も同じだろう。 しばらく、東城がたわいもない話をしていた。まだ続けようとするのを広瀬はじれてさえぎった。伸び上がって唇にかみつくと、苦笑された。 「ここでする?寝室がいい?」と聞かれたので、目だけで寝室を示した。

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