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広瀬は宮田と手分けして運河を運行している船会社から利用者名簿をだしてもらい、近藤が運河に落ちたと思われる時期の利用客をコツコツとあたっていた。ほぼ全ての利用客が事件とは関係ないため、電話や訪問で話しを聞いて、その内容を記録するだけで作業は終わっている。 その日も同じように利用者名簿にあった会社の一つを訪ねた。小さな会社だった。いきなりの訪問だったが、警察と聞いて驚いたのだろう、お待ちくださいと応接室に通された。 絵がかかっている。広瀬にはわからないが、普通の風景画ではなく、色がはじけている抽象画だった。見ていると頭がぐらぐらしてきそうだ。 応接室には、取締役の名刺をもった初老の男性がでてきた。物腰が低い。 「どんなご用件でしょうか?」と聞かれた。 広瀬は、クルーズ船のことを聞いた。どんな宴会だったのか、その時、なにか気づくことはなかったのか。 取締役は怪訝な顔をした。「さて、お話されているようなクルーズ船は利用していませんが」 「利用者名簿に御社の名前がありましたが」 「なにかの間違いではないでしょうか。わが社はこのとおり小さな会社で、そんな豪華な舟遊びをするような余裕はありません。同じ名前のほかの会社さんではないでしょうか?」 「今まで全くクルーズ船を利用されたことはないのですか?」 「私はこの会社の創業のときから代表と一緒にやっていますが、残念ながらそういうことは一度もしていませんね」 「失礼ですが、どのようなお仕事をされているのでしょうか?」 「技術書、専門書の販売です。一部自社でも作っていますが。主には海外からの技術書や専門書を企業や大学、研究機関に売っています」 取締役は会社のパンフレットを渡してくれた。そのパンフレット自体、何年前に作ったのかと思うような古びたものだった。 「翻訳業務もたまにしています」と付け足される。「最近は、業績が思わしくないので、一般書も作ろうかとは考えていますが難しいものです」 そういいながら立ち上がり、応接室の本棚から薄っぺらい冊子をとりだした。自己啓発本のようなタイトルだった。広瀬はこの手の本にも詳しいわけではないが、売れなさそうだなあというようなものだった。 本棚を指して聞いた。「ここにある本は全部御社の扱っている本ですか?」 「そうです」 分厚い表紙の本だ。英語のタイトルが付いているものもある。書かれている言葉の意味は日本語だろうが英語だろうがさっぱりわからなかった。 「お時間いただきありがとうございました。もう一度社名を確認してみます」そういって広瀬はその会社を出た。

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