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広瀬は、仕事の合間に青キヨラについて調べた。事件とは無関係かもしれないが気になったのだ。 タブレットは技術書の会社にあった絵とオールシステム社にあった絵の類似度が85%としている。その類似度の意味することはわからない。同じかそうでないかどちらかで示して欲しいものだ。 上司の高田には、技術書の出版社の件のみ報告した。クルーズ船について確認しろと言われている。技術書の会社とクルーズ船とどちらの情報が間違っているのか。 他にクルーズ船を利用した会社があるのか。そもそもクルーズ船の所有者はだれなのか、同業他社は誰を乗せているのか、などなどより詳細な情報を求められている。 広瀬はサブシステムに情報を入れ、一覧表を作り運河の地図に船会社を並べてみる。利用した会社もプロットしていく。 今のところは何もわからない。なにかがわかるというあてもない。 青キヨラの件は休み時間を利用して調べていった。 この画家がらみのニュースは調べるといくつかでている。美術界では期待の新星らしい。本人の写真もあちこちにでている。 色白で細く芸術家っぽい感じに髪を伸ばしている。神経質そうな整った顔をしている。青キヨラというわりに服装はいつも黒ずくめだ。作品に高値がつくこともあるらしい。画家なのにファンクラブがあるということは驚きだった。アイドルみたいなんだ、と思う。 青キヨラと言う名前はペンネームなのだが、本名や出身は公にはしていないらしい。ネットの情報では「非公開」となっていることが多い。謎めいたところがさらにアーティストっぽいイメージを増幅しているのだろう。 検索していてわかったことは、今、展覧会をしているということだった。 他の芸術家2人と一緒に「3人展」というのを開催しているのだ。この手の展覧会というのは行ったことがないが、調べると、気に入ったら購入することもできる展示会みたいなもののようだった。 「3人展」の紹介のWebサイトではいくつか作品の写真が掲載されていた。青キヨラは、広瀬が技術書の会社でみたあの色がごちゃごちゃしている作品だ。せまってくるような色使いである。こんなのばっかりなんだろうか、と思った。 3人展なので他の2人の作品も掲載されていた。1人の作品を見て広瀬はまた、あれ、と思った。枝川健という名前の作家だった。鳥が群れをなして飛んでいるシンプルな絵なのだが、どこかでみたことがあるような気がしたのだ。色合いがきれいで穏やかな感じ。 色々な情報を詰め込みすぎて頭の中がいつもどこかで見たんじゃないかと疑うようになってしまったのだろうか。職業病みたいなものかも、と思った。 「3人展」には、時間を見つけて夕方に行ってみた。繁華な場所からはやや離れたところで、外に地味な看板がでていた。 平日にも関わらず来場者が何人もいる。人気なのだろうか。そもそもこういう展示会にはどの程度人が来るものなのか検討がつかない。 入ると、早速、青キヨラの大きな絵がある。何点か並んでいて、1つは派手だったが、他の作品はそうでもなかった。緑色を基調にした落ち着いた絵もある。 いくらくらいなのだろうか。値札はついていない。 会場は簡単に仕切られていて、次のスペースは枝川健の作品が置いてあった。 鳥の絵がある。デジタルな感じだ。CGアートなのだろう。いくつか似たような作品がある。 広瀬は、さらに奥に進んだ。作品は動画があり写真があり、CGがありと変化にとんでいた。 あまり知識はないが、多くの作品が足をとめてじっとみてしまうような魅力にあふれていた。 アートというよりもエンターテイメントという感じだ。来場者は作品を楽しんでいた。 途中まで見て、広瀬は見覚えがあった理由がわかった。次のスペースのほかの作家の作品に行く前に、地図の作品が3つあったのだ。 どうみても東城がプレゼントにくれた広瀬の部屋にある地図の絵と同じモチーフだった。ただし、3つとも広瀬の地図よりも大きい。金属のピンは刺さっていなかった。 2つは色合いの違う大きな地図の絵。1つはプロジェクターで大きなスクリーンに映されている3Dの地図だ。前に立つと、地図の中にはいりこんだような錯覚になる。スクリーンの中で地図の街が動いていく。無機質な画像だが、色合いはきれいだ。しばらく見ていると迷子になって途方にくれそうになる。 広瀬はスクリーンの前から離れた。 プロジェクターの作品のタイトルはあっさりと「地図Ⅳ」だった。他のは「地図Ⅱ」「地図Ⅲ」となっている。 「地図Ⅰ」は探してみたが展示の中にはなかった。多分、広瀬のアパートにあるのが「地図Ⅰ」なのだろう。 じっと見ていると話しかけられた。 「気に入っていただきましたか?」 女性の声に広瀬は振り返った。彼女は自分をみて息をのんだ。 「あ、ごめんなさい」と言われた。「お邪魔するつもりはなかったんですけど、あんまり熱心に見ていただいていたので、つい」 大胆に髪を短く切った女性だった。短い丈のくすんだ色のワンピースを着ている。化粧っ気はない。丸顔に丸い鼻だ。 彼女は名刺を差し出した。「わたしこの絵の作家の枝川健のエージェントをしているんです」 名刺には辰巳詩島と書いてあった。 広瀬は名刺を受け取った。「エージェント?」と聞いた。映画のセリフみたいだと思った。FBIとかスパイとか。詩島という名前はコードネームか。 詩島はかすかに笑いながら解説してくれる。「作家や作品を売り出す営業マンみたいなものです。契約書を整えたり、請求書を書いたりもします」 広瀬はうなずいた。「青キヨラのもですか?」 彼女は否定した。「青キヨラ先生は違います。もっと、凄腕のエージェントが付いているんだと思います。先生の絵の値段は、枝川の絵とは桁が二つくらい違いますから」 「そうですか」ゲイジュツの値段と言うのはわからないものだ。「こちらの方が好きですけど」好き嫌いではないのだろう。 詩島は笑顔をみせた。「そうですか。ありがとうございます。枝川が聞いたら喜びます。残念ながら今ちょっと食事に行っていていないんです。もう少ししたら戻ってくるんですが」彼女は腕時計をちらりを見た。 「この会場にいるんですか?」 「ええ。見てくださる方にご挨拶をしたりします。営業も必要なので」 「青キヨラも?」 「まさか。彼は売れっ子作家なので、ここにはいません。青キヨラ先生の作品がお好きなんですか?」 「違います。枝川さんはなぜ、青キヨラとこの展覧会を?」 「先生は枝川が前に出品したコンクールのゲスト審査員だったんです。その時に作品を気に入ってくださって。仕事のお話をしてくださったりしています。今回も3人展に誘ってくださったんです。本当は、先生ともう1人の小町先生の二人展で企画はスタートしたんですけど、途中でいれてもらったんです。それで、スペースもまだ小さいんです。作品も多くはだせなくて。来年またやるときにはもっとしっかり出す予定です」 「枝川さんと青キヨラとはお知り合い?よく知っている?」 「よくではないですけど、存じ上げてはいます」 「お話聞くことはできますか?」 「え?」 「枝川さんから。あなたからもご存知のことがあれば伺いたいです」広瀬は身分証を出した。 詩島はまた息をのんだ。「警察の方が、なんで?」 「アートに関心があるんです。ご迷惑はおかけしません」と告げた。それから、名刺を出した。余白に自分の個人の電話番号を書いて渡した。「お時間いただけそうでしたらお電話ください」 「はい」と詩島は大事そうにその名刺を受け取ってくれた。丁寧に自分の名刺入れにいれていた。「枝川が帰ったら伝えます」 「よろしくお願いします」 そう言ってその場を立ち去った。 時間が遅くなるにしたがい、会社帰りの人もいるのだろう、来場者の数は増えていた。

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