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夜に、東城が指定の店に入るとまだ相手は来ていなかった。スマホを見ると、「少し遅れます」という連絡が入っていた。
店は音楽が大きくかかり、薄暗い。近い距離でなければ会話は届かないという点では個室と一緒だ。人気店なのだろう、周りの席はほぼ埋まっている。
ビールを頼んで飲んでいると店を予約した本人が現れた。ノースリーブの華やかなワンピースが似合っている。
「こんばんは」と佳代ちゃんが笑顔で言った。
彼女は4人がけの席にもかかわらず、東城の隣に遠慮なく座ってきた。そのほうが会話もしやすいのだろう。そして、店員にビールを頼み、メニューを見る。
「もう頼みました?」
「いや、まだ。お勧めは?」
「ここ、ムール貝のバケツ蒸しが美味しくて有名なんですよ。頼んでいいですか?」
「好きなものを好きなだけどうぞ」
佳代ちゃんは店員に何点かを注文した。
店員が去ると、彼女は小さな鞄から細長い白い封筒を取り出した。「これ、峯尾さんから預かってきました」
「ありがとう」と東城は礼を言った。中をみるとメモと写真が入っている。データもついていた。写真は、以前峯尾に尋ねた派手なストライプ柄のスーツの男だった。れいあに高級時計を贈り、彼女を引き抜いたと思われる男だ。おそらくあやめを襲った男でもある。
防犯カメラの不鮮明な写真とは異なり、女性のいる店でイキがっている様子がうつされている。東城があやめを助けた時みた鞭の男に似ていなくもない。
「名前は矢後。あの界隈のチンピラです。特にどこの組に所属したというのでもないそうですが、あえていうなら黙打会とあまり関係のよくない竹見連合会というところとのつながりがあるそうです。竹見連合会はもともと総会屋や偽右翼みたいなことやってて、どちらもお金になりにくくなったので、最近ではかなり黙打会の商売に近いことを始めているそうです。それで黙打会と摩擦があるそうです。矢後は前は鳴かず飛ばずだったのが、最近妙に羽振りがいいというので、ちょっと竹見連合会からもにらまれているそうです」と佳代ちゃんがかいつまんで解説してくれる。「それから、この男、SMクラブに出入りしているそうです。SMが趣味らしいです。自分の鞭もってるらしです。なんですかね。マイムチ?ボーリングのマイボールみたいな?」そういいながら佳代ちゃんはクスクス笑った。
「結構な武器になるからな」と東城は答えた。自分にむけて振り回された経験からするとあまり近づきたくはない。「羽振りがいい理由は?」
「それはまだわからないそうです。いいシノギがあるって自慢してたそうです。でも竹見連合会にも具体的には言わないので、にらまれてるらしいです」
そこで佳代ちゃんのビールとつまみのスナックがくる。東城は封筒を自分の内ポケットに入れた。
「ありがとう。峯尾さんにもお礼を言わないとな」
「どういたしまして。峯尾さん、役に立ててうれしいって言ってましたよ」
「ああ」それは佳代ちゃんの役に立ててうれしいってことなんだろうなあ、と東城は思った。
「東城さんたちには、もし今後何かあったら協力してもらうかもって」
「いつでも、何でも言ってほしいって伝えてくれ。改めてあいさつはするけど」
「はい」佳代ちゃんはうなずいた。
料理も運ばれてきた。佳代ちゃんの食べたがっていたムール貝のバケツ蒸しは結構なボリュームだった。
話をしながら、佳代ちゃんは何度かスマホを見ている。
「誰かと他の約束してた?」と聞いてみた。
「ええ」と佳代ちゃんはうなずく。
「呼んじゃって悪いことしたな。ここで飲んでていいのか?」
「ええ」と佳代ちゃんはうなずく。「もうじきここに来るらしいから、大丈夫です」
「来る?誰が?」
「あら、東城さん。東城さんが自分で誘えって言ったんですよ」と彼女は朗らかに言う。
「え?」
「ほら、もうそこに」そして、彼女は入り口からこちらに歩いてくる2人に手を振った。一人はメガネをかけていて東城と佳代ちゃんを見つけようときょろきょろしていて、後ろの青年は姿勢よく歩いている。
「広瀬」と東城はつぶやいた。「よく呼べたな」
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