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「誘ったらあっさりいいよって返事きましたよ」と佳代ちゃんは答える。 それは、どうなんだろう、と東城は思った。佳代ちゃんがどんな手を使ったのか知らないが、広瀬は飲みに行こうという誘いにあっさりいいよというようなことはないだろう。ましてや東城がここにいると知っていて。 彼女は広瀬を手招きしている。そして、それほど必要もないのにひそひそ声になり「ところで、広瀬くんの前にいるのは誰ですか?」と聞いてきた。 「あれは、宮田だ。大井戸署の、広瀬の同僚。物見高い奴だからついてきたんだな。宮田は広瀬の、ある意味保護者みたいなもんだ」 「そうですか。保護者?」と佳代ちゃんは怪訝そうに反復していた。 二人はやってくるとあいさつをし、向かい側に座った。佳代ちゃんが笑顔で二人にメニューを渡した。「好きなものを好きなだけ」と言っていた。 広瀬は、本当に遠慮なくメニューから注文を繰り出していた。おなかがすいているのだろう。先にきていたムール貝にも手をだしている。 一方の宮田はビールに口をつけてそわそわしていた。佳代ちゃんみたいな美人がいると彼は落ち着かなくなるのだ。 佳代ちゃんは広瀬に話しかけ、時々宮田にも話をふっていた。大井戸署の共通の知人の話などを聞いている。広瀬は黙って食べているだけなので、主には宮田が返事をしていた。 せっせと食事をしている広瀬を見て、ふと気になっていたことを思い出して東城は広瀬に聞いた。「そういえば、枝川にあったのか?」 枝川が昨夜、東城に連絡してきたのだ。広瀬に会ったという話だった。 「はい」と広瀬は皿の上に取り分けたパスタをフォークでぐるぐる巻きながら、顔も上げずにうなずく。 「なんとかいう画家のこと、根掘り葉掘り聞いてきたって枝川が言ってたけど、近藤の事件と関係あるのか?」 「まだ、わかりません」と広瀬は答えた。食事に没頭しているのかこちらを見ることさえない。 「枝川に会いたかったら言えば紹介したのに」 「東城さんの友人とは知らなかったんです」 「知らないで行ったのか?」東城は首をかしげた。 「はい」 「枝川さんって誰ですか?」と佳代ちゃんが聞いてきた。 「俺の友人のCGアーティスト」 「お友達にそんな人がいるんですか。CGアーティスト。名前、もう一回教えてください」佳代ちゃんはスマホで検索している。 「枝川健。あんまり有名じゃないから、たいした情報は出てこないんじゃないか?」と東城は答えた。 「あ、ありました。かわいい、カラフルな絵。ああ、展覧会やってるんですね。青キヨラと一緒なんてすごい」 広瀬は、急に目をあげた。「青キヨラを知っている?」食いついているところを見ると、相当事件に関係がある人物なのだろう。 「もちろん。人気あるのよ。テレビにも出てて。確か、半年くらい前には、毎週のシリーズで美術館や人気のアーティストを訪ねるっていう15分番組にでてた」 「青キヨラのファンクラブに入ってる?」と広瀬は聞いた。 「そこまでじゃないわ。でも、ほら、いかにも芸術家って感じでしょ」と佳代ちゃんはスマホで青キヨラの写真を出して東城にもみせてくれた。 繊細そうな色白のやせた男だ。 「事件と何の関係があるの?」と佳代ちゃんは広瀬に聞く。 広瀬は、タブレットを取り出した。東城には説明しないつもりだったようだが、佳代ちゃんには話しをするようだ。 この違いはなんだよ、と東城は思った。俺を警戒しているのか。広瀬を出し抜くとか、ごちゃごちゃ横槍をいれるとか。どちらも以前に心当たりがあるにはあるが。 広瀬はタブレットに絵を出してきた。 「この絵とこの絵、青キヨラの作品っぽい。事件関係の会社の別々なところにあったのを撮影されてるんだけど、同じ絵らしい。今のところその2つの会社の関係はわからないんだけど、この絵でつながっているのかも」と広瀬は説明した。 佳代ちゃんはしげしげと絵を見ている。「そういわれれば似てる。同じといわれればそう思えるわ」 広瀬はうなずいて同意した。 「広瀬くん、気になるんだ」と佳代ちゃんが優しそうに言った。「知り合いに青キヨラのファンクラブの人がいるか探してみるわ。この絵のことも情報集めてみる」 佳代ちゃんの知り合いならファンクラブに所属している人が一人や二人いそうだった。それに、いなければ誰かにファンクラブに入らせるくらいのことをしそうだ。 広瀬はまたうなずいた。

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