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食事が終って、マンションに着いた後、風呂上りの広瀬は冷蔵庫から2リットルのペットボトルのお茶をとりだし、そのまま口をつけて飲んでいる。 クーラーはつけているが風呂の熱が去らないのだろう。上半身は裸のままだ。最近ずっと運河の周辺を宮田と歩き回っているといっていたせいか、肌が少し日に焼けている。健康そうだ。 彼の肌の色は、冬になると白く透明になっていく。もともと色白だから戻ってしまうのだ。 色白なのもいいけど、夏場はこのくらい日に焼けているほうがおいしそうだ、と東城は思っている。 そして、その伸びやかな健康そうな肌色をさらして当たり前のように東城の前にいる。 「食事は枝川と二人で?」とソファーに座って広瀬を見上げながら東城は顔がにやけそうになりそうな自分をおさえて聞いた。 「いいえ、枝川さんの『エージェント』の女性と一緒でした」と広瀬は答える。 ペットボトルを抱える彼をソファーに引き寄せた。広瀬はシャツを目で探している。もう、こうなってしまったら不要だろうに。 「エージェントね。絵の近くで見張り番してたショートカット?それとも、受付で手伝ってた茶髪?」 「ショートカットの女性です。詩島さん。枝川さんの恋人じゃないんですか?」てっきり東城が知っている女性だと思っていた。 「ショートカットの方か。知らないな。あいつ、いつ会っても違う女と仲良さそうにしてるからな」 「え?」広瀬は意外そうだった。 「言っとくけど、枝川、あれで色んな女の子とよく付き合ってる」と東城は答えた。 「ああ、東城さんの友達なだけに」とにくらしいことを言う。 「俺とは違うよ。俺は好きな子にお願いしてやっと付き合ってもらってるんだから。その点、枝川は何の工夫もしなくてもいいんだぜ。女の子は芸術家に弱いからな。僕の描いた絵を見に来てとか、今度君をぜひ描きたいとかいうと、女の子なんてみんな簡単に奴の家に行ってたよ」 「枝川さんは下心からそういうことは言わないと思います」と広瀬が珍しく反論してきた。 「そうかな。まあ、確かにあいつには下心はないかもな。でも、女の子はさ、『私を描きたいんだわ、この人』って思って、有頂天になっちゃうんだ。いや、バカにしてるんじゃなくて。あいつも言い方うまいし、女の子に『私って特別』って思わせるものがあるんだろ。さっきも言ったけど、だいたい、女の子って芸術家に弱いんだよ。俺ガキの頃彼女連れで奴と会うと、必ず最後の方は彼女は奴に心を許してた。『あなたとは感性が違うのよ』、『あの人とあなたとは見ている世界が違うの、あの人は私と同じ世界を見てるの』とか言ってさ。どんな世界なんだよ、わけわかんねえ」 広瀬は黙っている。 「あ、お前」と東城は言った。「あいつ、お前にも言ったんだな。アトリエに来て欲しい、君を描きたいって。OKしたのか?」 広瀬は沈黙のままだ。 「いいよな。ゲイジュツカは。いつもそっけない広瀬でさえ、奴の誘惑にはかなわないんだから」 「東城さんの友達だから」と広瀬はいいわけのように言った。 「ああ、そうだよな。俺の顔をたててくれたわけだ。珍しく」あんまり意地悪を言うとすねるからそろそろよそうと思った。「うそだよ。いいよ。あいつの絵、俺、よくわかんないけど、お前は好きなんだろ。地図の絵ずっと見てるもんな。贈った俺もうれしいよ」 手を伸ばしてあごに触ろうとしたら避けられた。東城はさらに手をのばし強引に彼に触れた。 「きれいに描いてもらえよ。その絵は俺のものにするけど」誰にもわたさないし、誰にも見せない、と言った。 東城はソファーから立ち上がろうとする広瀬の腕を引き、自分の下にとどめた。抵抗をされるが軽いものだ。本気でないのはすぐにわかる。その気で蹴られたら容赦ないから正直痛いのだ。沽券に関わるから口にはしないが。 顔を寄せてキスをした。口の中を舌で巡らせてそっと上あごをのあたりをなでてやると力が少し抜ける。顔をじっと見ながらからませ馴染ませていく。視線に気づかれ、広瀬も目を開けた。十分に湿った目だ。 長く広瀬の口の中をたどった後、唇を離した。広瀬は目をそらさず、挑発するように舌で唾液に濡れた唇を舐めている。頬に目元に熱が回り赤くなっていた。キスするだけでこんな顔になるなんて、とうれしくなった。もっととろけさせてやりたくなる。 ところが、肩に唇を寄せたら「跡つけないでください」と赤い顔からはかけはなれた冷静な声で言われた。 「よくそう言ってるけど、見えるところにはつけてないぞ。気をつけてるんだ」 「見えないところにもです」と広瀬は言った。「なにかあってシャツを脱がなければならなくなたり、手当てうけるようなこととかになったときに、跡ついてたら恥ずかしいじゃないですか」 「なにかってなんだよ。危ないことすんなよ」 「危険なのは仕事だから」 「いや、お前のは仕事を逸脱してるよ、はねっかえりなんだから」 そういいながら背中を少しだけ噛んだ。広瀬が身体をうごめかせ、こちらを振り返った。その目は潤んでいる。 広瀬の肌はなめらかすぎて、自分の跡をつけたくなるのだ。 強く吸うと、そのちくっとした痛みに広瀬が感じて、最後には喘ぎ声をあげるせいもある。 もし、彼がいうように、誰かが広瀬の身体をみるようなことがあったとしたら、広瀬は既に東城のものなのだと示したい。 広瀬は嫌がるが、どうしたって自分は独占欲を抑えられない。この稀有に美しい生き物は自分のものなのだから、それを示すのは当然だろう。 だいたいが、自分以外の誰が広瀬の肌をあばくというのだろうか。こんな背中のくぼみを、誰がみるというのか。 「頼むから、病院にかつぎこまれるような真似は、やめてくれよ」と東城は続けた。部署も違ってしまうと、広瀬の身に何かが起こったとき、知らないままになりそうだ。 そのまま背中を何箇所か甘噛みしながら、下の衣類を脱がせてしまう。形のいい尻がするんとでてくる。顔や腕が焼けているのに比べて、白いままだ。すべすべしている。東城はその手触りを楽しんだ。繰り返し優しくなでているだけで、広瀬はひくっと身体を動かす。 最近は、感じているのをあまり我慢しなくなった。いや、我慢できなくなっているのかもしれない。 どっちにしても、肌を染めてぴくっと動くから、彼がどれくらい感じているのかがわかり、もっと求めたくなる。 上から覆いかぶさって指先で身体の形をたどっていくと、どちらのかもうわからない体温があがってくる。熱い。東城も息をついた。 広瀬が身体を回してこちらをむいた。手を伸ばされる。わかるかわからないかくらいの微かさで笑っていた。 彼の幸せが零れ落ちてきて、空気の色が変わった。空気だけじゃない、この部屋の中の、あらゆるものが美しい色を帯びていく。 ああ、東城はもう一度深く息を吐いた。意識していないと呼吸さえも忘れそうだ。 広瀬は涙の膜の張った透明な目をして東城の頬をなでてくる。 どっちが余裕があるのかわからない。 今度は広瀬からキスをされた。その後は、東城は考えるのを止めて、ただこの美しい空気に溺れることにした。 ベッドの中で広瀬が東城の胸の上に額をつけている。眠る一歩手前。まぶたが動くと肌に伝わる。そんな近さだ。 形のよい頭の後ろをなでてやる。少しくせのある髪がやっと伸びてきていて、繰り返し指ですくと気持ちよさそうにしている。 彼の重みが心地いい。久しぶりに会ったときにわずかだが痩せてしまっていたのだ。ちょっと食べないだけで体重が減ってしてしまう人だから自分とのことが原因だったのではないかもしれないけれど、あの時、目の前に現れた広瀬が、別れたときとは違う様子でいたので、かわいそうなことをしたと思ったのだ。 あの後自分を責めも怒りもしなかった。今はこのベッドで眠ろうとしている。 広瀬は感情をあらわにすることがほとんどないから、東城は広瀬に甘えたままだ。 もっと大事にしないと、と東城は思う。こんなふうに彼が穏やかに顔を寄せ自分と一緒に眠ろうとしているのは奇跡に近いことなのだから。 だけど、大事にするといってもどうしたらいいのかわからないことが多い。彼が求めていることや好きなことを東城は知らない。彼はいつも静かに透明な目でいるだけだ。切なくなってぎゅっと力をいれて抱きしめたら、せっかくうとうとしているところをおきてしまったのだろう、本気で嫌がられた。

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