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数日近藤はれいあの家にいたが、ある日姿を消した。 「近藤さん、あたしの家に、キーホルダーを置いていったんです。これくらいの」とれいあは指で示す。500円玉くらいの大きさだ。「蝋でできたサンプル食材の、ビールの形の。別れた奥さんが引き取った子供がくれたとかなんとか言っていたような気がして。忘れ物だけど大事なものなんだろうって思って、バッグに入れてたんです。会えたらすぐに返してあげようって思って。そうしたら、ある夜に、お店にいたら、あの男から連絡があって、USBメモリー知らないかって言うんです。近藤さんから預かっただろうって。知らないって答えたんですけど、すぐにわかりました」 キーホルダーはUSBメモリーだったのだ。全く気づかなかった。ビールの泡をひっぱるときつかったがはずれ、USB口がでてきた。 「あたし、怖くなって、それをお店に隠したんです」 だが、男から何度か連絡があり、さらには店にまで来た。 れいあは知らないと言い張ったが、次になにがおきるかわからず店を休み友人の家に転がり込んだのだ。 そして、安ホテルに行き、そこにも追ってが来たため、あやめに助けを求めたのだという。 「姉さんのこと裏切ったのに、結局、姉さんしか頼りにできなくて」とれいあは泣きそうな声で言った。「そうしたら、この家の刑事さんが、姉さんを助けてくれたって言うから、来たんです」 れいあは、さらに言いにくそうに言った。 「あたし、脅かされてるんです。キーホルダーを2日以内に渡さなかったら、田舎の母さんに大変なことがおこるって。最近の母さんの写真を送ってきて」 そういいながら彼女はスマホを広瀬にみせた。遠いところから撮影されている。れいあの母親にしては歳をとっているようにみえた。 「お母さんの地元はどこですか?連絡してどこかに避難してもらいましょう」と広瀬は言った。 「そんな、母さんどこかに行くなんて無理です。そんなお金どこにもないんです。わたしもないし」 「警察に連絡して、巡回を増やしてもらっては?」 「そうして欲しいですけど、理由が母さんや近所の人に知られたら、母さん、地元にいられなくなっちゃいます」 広瀬は、れいあに地元を聞いた。東北の知らない地名だ。「むこうの県警に相談してみます」 「えっと、あなたが?」とれいあに聞かれた。あやめも不思議そうな表情をして広瀬を見ている。「あの、あなたも警察の方だったんですか?」 「はい」と広瀬はうなずいてみせた。 「あら、そうでしたの」とあやめが口をおさえた。笑っているわけではないのだが、ものすごく意外そうな顔だ。「そういえば、確かにてきぱきしてらした。でも、お仕事してたんですね」と言われる。 なんだと思われていたのだろうか、と広瀬は思った。だがそんな発言を気にしている場合ではない。 「USBメモリーには何が入っているんですか?」 「知りません。組織の証拠とか?」 「キーホルダーはお店のどこに隠しましたか?」 「お店のある裏口をでたところに、雨どいがあって、足元になるところの裏側に。ビニール袋に入れてテープで止めたんです。いつも暗い場所だし、そこなら誰もみないから」 簡単に取ってこられそうだ。広瀬は店の場所を聞いた。 「どうするんですか?」とあやめが怪訝そうな顔をしている。 「とってきます」 「大丈夫ですか?」 「裏口なんですよね?店に入るわけではないです。すぐに行ってすぐに戻りますよ。まず、USBメモリーを手に入れてから、組織の男とどう対応するか考えましょう」ときっぱりと言った。 二人にはこの部屋から絶対に外にでないように言った。 広瀬は地下の駐車場に行き東城の車に乗った。 彼は自分のものはなんでも使っていいと言って車のキーも渡してきたのだ。自分が1人で車を動かすことになるとはその時思いもよらなかったが、こうなると車は便利だ。受け取っておいてよかった。 車の中はマンションとはちがってやや雑然としている。彼は、狭い空間だとごちゃごちゃさせてしまうのだろうか、と広瀬は思った。だから広瀬のアパートもなんとなくものが増えていたのだろうか。たいしたことではないけど。 車を走らせていると、斜め後ろに大型のバイクが走っているのが目に入った。 黒ずくめでフルフェイスのヘルメットをつけている。車との距離が近いので気になり、何度か目をやった。ふっとバイクは距離をとり後方に流れていった。

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