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どれくらい時間がたっただろうか。急に声がした。
「怯えているじゃないか。目隠しをとってやれ。手もほどけ」
「ですが、こいつかなり抵抗しますよ」
「彰也。今から目隠しと手をほどいてやる。だが、お前が逆らったらまた縛る。そうならないように、しばらくおとなしくしていろ」と言われた。
その声にさらに身体はこわばった。
勢田だった。
忘れもしない。狂気の男。
ほとんど広瀬の肌に触れることなく、手が伸びてきて目隠しがとられ、拘束がとかれた。
急に灯りが目に入り、広瀬はまばたきした。両手が痺れている。ゆっくりと前に持ってきた。
自分が全裸なのが目に入る。羞恥でいたたまれない気持ちになる。これも勢田の作戦の一つだったのだろう。裸にされれば無力感におそわれ、抵抗する気持ちが薄くなる。
そこは、広い部屋だった。自分が座っているのは予想通り大きなベッドだ。
正面には袖つきの椅子に勢田が座っている。こちらを見ていた。以前広瀬を襲ったときと違い、目つきは穏やかだ。上等なスーツを着て髪をオールバックにし、悪趣味な大きな指輪をはめた手を前で組んでいる。横には3人の黒ずくめの屈強な男が立っていた。
「久しぶりだな、彰也」と彼は言った。
広瀬は答えなかった。
「あの店で何をしていたんだ?」と勢田は聞いてきた。
広瀬から返事があるとは思っていないのだろう。彼は、椅子の後ろの机から小さなビニール袋を持ち上げた。そこには近藤かられいあに渡されたビールの形のキーホルダーが入っていた。
「これはなんだ?お前のポケットにはこれしか入っていなかったそうだ。これ以外は、児玉に捕られたのか?」
彼はビニールからキーホルダーを取り出し、泡の部分をひっぱる。「最近はかなり大きなデータでもこんな小さなメモリーに入る」と言う。USBメモリーの接続口が現れる。そして、彼はもう一度泡をビールに差し戻した。
「これはお前に返してやるよ、彰也。ところで、児玉から助けたのに、感謝の言葉もないのか?」
「児玉?」と広瀬は聞き返した。
「知らなかったのか?あの店は児玉のものだ。児玉は、児玉組の組長だ。俺と同じ黙打会の直系の親分になる。知らないであの店に?何のようだったんだ?あそこは、SMクラブだぞ。お前にそんな趣味があると知ってたら、俺の店でVIP待遇してやったのに」店で、おまえが悦ぶやり方で俺がたっぷりかわいがってやったよ、と勢田が言う。
「今、何時だ?」と広瀬は勢田をさえぎって聞いた。
勢田は腕時計をみた。「4時半だ、彰也。もう少ししたら夜が空ける」
「服を返せ。帰る」
勢田は軽く笑った。「ただ帰ることができると?」
「このままこの状態が続いたら、逮捕監禁罪に該当する」
「ああ」と勢田は広瀬の言葉に興味なさげにうなずく。「それで?今のお前に何ができるんだ?俺を逮捕でもするのか?」と彼は言う。
「このまま朝になって職場に行かなかったら、警察は俺を捜す」
「何日か後でならそうかもな。だけど、彰也。それまでの間に、俺の言うことを何でも聞きたくなるかもしれないぞ。そういう道具も、薬もここにはある。そして、柔順にさせるにはそれほど時間はいらない。誰かを支配するなんて簡単なことだ。お前も警察なら知ってるだろう。ある種の力で支配するところは俺たちもお前たちも同じだからな」
広瀬は答えなかった。
「彰也、お前は本当に美しい。お前を俺に売りたいと言ってくるやつが今まで何人いたか考えたことはないだろう?いくらで売りに来ていたと思う?驚くような高値を言って来るやつもいた。本当にお前を買えるのならいくらだしても惜しくはなかったがな」
「買う?」と広瀬は聞いた。話の内容がよくわからなかったのだ
「そうだ、話の大半は詐欺話だったがな。俺を騙して金をもらおうと考える人間が少なからずいるんだ。1回だけ、お前を監禁したから売りたいとどっかの若いのが言って、確かに縛られているお前の写真が送られてきたことがあった。こちらが動く前に、お前の仲間が乗り込んできたので話はなくなったが」
勢田はうっとりとした顔で広瀬をみている。
広瀬にはこの先が読めない。こんな風に裸の自分を前にして、何をたくらんでいるのか。
抑え込んでセックスしようとするならいっそやればいい、と思った。性行為の最中は人は無防備だ。それに、勢田も一人になるだろう。
歯を使えば、攻撃も可能だ。今、こうして座っているよりは反撃のチャンスはあるだろう。
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