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そこで、初めて勢田の隣に立っていた若い男が動いた。ポケットからスマホを取り出している。電話がかかってきたようだった。彼は一言二言話をしてから、勢田に低姿勢でそのスマホを示した。 勢田は邪魔されてうっとうしそうな顔をしたが、スマホを受け取った。「俺だ」と言ってでている。 そして広瀬の顔をから足まで視線を動かしながら、スマホを耳に当てうなずいた。彼は、若い男にスマホを返した。 「今、事務所にお前のお仲間の警視庁の刑事が2人来た」と言った。「児玉に教えてもらってここに来たらしい。お前を出すように言っている。やはり、児玉とは懇意なのか?」 「児玉のことは知らない。ヤクザと懇意にはならない」 1人は東城だろうと広瀬は察しがついた。 メールを送ったので探しに来てくれたのだろう。彼の怒った顔が目に浮かぶようだ。だが、今はそれさえもほんの少しだがこの場から逃れる希望のように思える。 勢田は、広瀬が息をついたのに気づいたようだった。冷ややかな声がした。 「お前は、最近、そのお仲間の刑事の家にいりびたってるらしいな。うちの若いのが報告してきた。若い刑事のくせに一等地の豪華なマンション住まいだそうじゃないか。賄賂でももらってるのか」そう勢田は言い広瀬の胸元を指差した。「お前の背中についているキスマークは、そいつがつけたのか?」と聞いてくる。 広瀬が黙っているとさらに続けた。「そうだ、俺がお前をここで犯すのをそのマンションの男にみせようか。俺はいい薬を持ってる。それをうてば、誰でも我慢できなくなる。お前を縛ってそのベッドに転がして置いたら、お前は俺の言うことは何でもきく。まさか自分に限ってと思っているだろうが、本当だ。『抱いてくれ』とねだらせることも、『つっこんでくれ』と哀願させることもできるんだ。そういう薬だ。ここにいる若い奴ら全員のをしゃぶらせて、犯してほしいって言わせることもできる。しかも、そうされることがうれしくて、もっとして欲しいっていうぜ。誰かに抱かれないと身悶えていられなくなるって、前にその薬使った奴は言ってた。お前と同じでプライドの高い、きれいな男だったよ。お前が惚れているらしいその刑事に、お前のよがり声を聞かせて、尻を振ってる様をみせてやるのはどうだ?」 勢田はそういってじっと広瀬を見た。 そしてふっと笑った。「そんなに青ざめて、かわいそうに。それだけは本当にいやなんだな。わかったよ。安心しろ。そんなことはしない。俺は、お前のことが好きだからな。お前を傷つけるようなことや苦しめることはしたくないし、誰にもさせない。それに、ここにお前を連れ込んでいること自体が、北池署との協定違反なのは理解している。お前は帰してやるよ。お前のお仲間がいる事務所に戻してやる」 勢田は隣の若い男に服を持ってくるよう言った。 「なあ、彰也。さっき言ったように、定期的に会うのくらいいいだろう。お前が了承してくれたら、お前も、お前を迎えに来ているお仲間も俺は傷つけることはない」 「傷つける?」 「ああ。お仲間の刑事さんたちを、だ。俺は今児玉ともめてるところでね、抗争の中で不慮の事故で刑事が亡くなるってこともあるだろう。お仲間の刑事さんたちは、児玉からの情報でうちの事務所にくるくらいなんだから、こっちが勘違いして攻撃するってこともないわけじゃない。俺はお前の大事な仲間も、大事にはしたいが、それはお前次第だとしたら?」 「そんな条件、ありえない」と広瀬は言った。「脅しじゃないか」 「そうだ。おまえ自身について脅すよりも、どうやらお前のお仲間で脅すほうが効果的なようだからな。それに、こっちは、定期的にあって欲しいってお願いしているだけだ。お前に有益な情報だって会えば渡せるかもしれない。お前は、いい情報源を得ただけだ。ヤクザの情報源をもってる刑事はいくらでもいるだろう」 「思惑がわからない」 「俺はね、こんな形じゃなくてお前と会いたいだけだ。ゆっくり食事でもしながら、近況を話したいだけだ。思惑なんかない。お前に恋をしている男の願いを聞き入れてくれないのか?」 若い男が部屋に戻ってきた。手には衣類をもっている。広瀬が着てきたものとは異なるようだ。 「服を着ていい。お仲間のいるところに送ってやる。定期的に会おうという条件にただうなずいてくれれば、それで、全て安泰だ」 広瀬は首を横に振った。 「強情だな」と勢田は言った。「だけど、そういうのは好きだ。じゃあ、彰也、後、3回会うだけでいい」 「3回?」 「ああ。お前の都合のいいときだけでいい。3回だけだ。そのかわり、その3回以外はお前にもお前の大事な男にも接触しない」 「3回だけ?」広瀬は揺れた。早く帰りたい。3回だけならいいのではないか。いや、こんな条件なにが隠されているかわからない。「会うだけなのか?」 「そうだ。食事くらいは一緒にしてほしいが。3回会って、話をするだけだ。こんなふうにひどいことはしない。普通に店で会う。簡単な話だと思う。お前に損は一つもない」 「今、すぐに帰れるのか?」 「もちろんだ」 広瀬はうなずいた。とにかくここを出たかった。「わかった」 勢田はにこやかになった。彼は若い男に合図をした。 「今度、連絡する。これでお前と穏便に会うことができる。とても楽しみだよ、彰也」 衣類と腕時計が渡された。ビールのキーホルダーも返された。

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