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時間はゆっくりとたった。時計は応接室にもあり、東城はイライラと自分の腕時計とその時計を何度もみていた。
男が言った。「そう心配しなくていい。勢田は広瀬さんを傷つけるようなことはしない」
「信用できるわけないだろう。ストーカーまがいのことして、この前はナイフで脅したじゃないか」
「すんだ話を蒸し返すことはないだろう。あの時は、本当に勢田は薬でどうかしていたんだ。普段はもっと紳士的だ。それに、勢田はロマンティストなんだ。広瀬さんを力で自分のものにしようなんて思ってない。広瀬さんが自分から勢田の好意に答えてくれるのをまっているんだ。ヤクザ者でも恋くらいする」
東城はあきれた顔をして首を横に振った。「拉致監禁しといて何言ってんだよ」
「誤解があるようだが、勢田は広瀬さんを児玉から助けたんだ」男は東城のいらだちを面白がっているようだった。
しばらくして、「おい、30分たったぞ」と東城が言った。
「せっかちだな。もう車は出てる。こっちに向かってるんだから、後は待つしかないだろう」
「こんな早朝に道路も混んでないだろう」
「そうだな」と男は言った。「まあ、落ち着けよ」彼も壁にかかる時計をみる。「30分くらいって言っただけだろう。もう少ししたらつく」
そして、確かにそれから5分したら、バタバタと建物の中があわただしくなった。
男は立ち上がる。「おつきになったようだぞ」と慇懃に言った。
そして、ドアをあけてでていく。
東城は立ち上がった。「広瀬が戻ったらすぐにここを出る」と彼は竜崎に言う。
竜崎はうなずいた。
しばらくすると、広瀬が男に伴われてやってきた。東城は少しだけ腰をかがめて彼の顔をみた。「怪我は?」
広瀬は首を横に振った。
「広瀬さんは無傷だ。これで、この前の借りは返したことになるな」と男は言った。
「ヤクザとは貸し借りはしない」と東城は答えた。
そして、そっと広瀬をいざない、事務所を後にした。
近くに停めていた車に広瀬を後部座席に乗せると、すぐに出発した。
東城は助手席であやめに電話をした。広瀬が無事なことを伝えるためと彼女たちがまだちゃんと自分のマンションにいるかを確かめるためだ。あやめはすぐに電話に出た。彼女は起きていた。心配していたのだろう。れいあも家にいることが確認できた。広瀬と一緒にいることとこれから本庁に戻ることを伝えた。少し休むようにも言った。マンションから移動してもらうことになるだろうと。
広瀬は後部座席でぼんやりと窓の外を見ていた。いつもの無表情でなにがあったのかもわからない。
東城は振り返って広瀬に聞いた。「それで、USBメモリーはあったのか?」
広瀬は東城の方を見た。透明な目だ。彼はうなずいた。ポケットからビールの形をしたキーホルダーが出された。
東城は後ろに手を伸ばしそれを受け取った。「事務所で調べてもらう」と広瀬に告げると、彼はまたうなずいた。
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