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東城のマンションでは、寝ないでいたのだろうあやめとれいあが二人を待っていた。
あやめは、「大丈夫でしたか?」と広瀬に聞いた。心配そうな声だった。
すぐに戻ってくると思ったのにかなり時間がかかったことと、出たときと違う服を着ているのに気づいたのだろう、何があったのかと懸念された。
広瀬も東城も詳しい説明はしなかった。
「しばらくしたら、移動します」と東城は二人に告げた。「お二人は俺の部署で保護します。安全な場所に移動していただきます」
「でも、USBメモリーは?」とれいあが東城に聞いた。
「それはこちらの手元にあります」
「あの男に渡さないと、母さんが」
東城はうなずいた。「状況は理解しています。今、あなた方の安全を確保するように手配しています」ときっぱりと告げていた。
すっかり朝になっていた。くたくただったが、広瀬はすぐに大井戸署にいくことにした。
浴室に入り、シャワーを浴びた。身体を洗っていると、また、勢田のことが思い出された。
石鹸を大量に泡立てて身体をすみずみにすりこみ、勢田のところからついてきた自分の周りにあるもやもやした黒い霞のような気味の悪いものを洗い流したかった。だが、何度も流しても、あの乾いた唇の感触や粘っこい視線が自分から離れない。広瀬はあきらめてシャワーをとめた。
勢田に渡された衣服はビニール袋に入れた。早くに処分してしまおう。玄関に脱いだ靴も忘れずに。
タオルで身体をふきながら下着を着ようとしていると東城が脱衣所に入ってきた。
「大丈夫か?」と聞かれる。
「はい」と広瀬はうなずいた。心配しているのだろうか。シャワーを浴びていた時間が不自然に長すぎたのかもしれない。広瀬は答えながら目をそらし、衣類を身につけた。
東城が手を伸ばしてきた。抱きしめられ、なぐさめられるのはごめんだと身構えたら違った。両肩を手でつかまれ、じっと目をあわされた。
「勢田のこと考える暇があったら、近藤を殺した犯人を捕まえることを考えろ。それがお前がすべきことだ。勢田は今、お前の前にいない。なのに、奴のことを考えたら、その時間、お前は奴のものになる。だから、絶対に考えるな。自分で自分を勢田のものになんかするな」右の耳をちょっと痛いくらいにひねられた。「お前には勢田のこと考える暇はないはずだ」
広瀬はうなずいた。
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