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福岡の率いる特別捜査チームは、東城のマンションからあやめとれいあを移動させた。れいあがしきりに心配していた彼女の母親は地元の県警に行って保護対象にしてもらっている。今、チームのメンバーの一人が迎えに行っているところだ。東京に呼び寄せ、一緒に保護するのだ。保護のための施設も確保している。福岡は予算をふんだんに持っていて、金に糸目をつけない。 れいあはUSBメモリーをもとに、おそらく矢後と思われる男と連絡をとっている。男が指定してきた場所に届けることに同意した。 福岡のチームだけでは人手が足りないので、大井戸署の刑事たちもその場所で待機している。ただし、受け渡しに現れた人間をすぐには逮捕しないことになっている。単に運ぶためだけかもしれないからだ。USBメモリーを受け取った後、どこに行き、どうするのかを確かめてから、確保することになっている。 東城は、矢後に顔を知られている可能性があるため、受け渡し現場には行かなかった。その代わり、彼は福岡と相談をし、別な場所に確認に行くことになった。 東城は竜崎と一緒に同じチームのITの担当者をつれて、再び児玉の弟のSM店を訪れた。IT担当の男はもともと民間のセキュリティ企業に勤めていて、警視庁に転職してきて今は福岡のチームで働いている。このような店に来るのははじめてらしく、気味悪そうに、少し興味がありそうについてきた。 ドアは簡単に修理されているが、中はまだ手をつけられていなかった。店の女性たちはいない。児玉の弟が包帯をあちこちに巻いた姿ででてきた。 「あんたたちかよ。何のようだ?」と聞かれる。 東城は彼に言った。「店の防犯カメラのシステムをもう一度みせてほしい。オールシステム社のものだ」 「令状は?」 東城は肩をすくめる。「ここは、許可を得ていない店のようだから、いつでもそっち方面で令状はとれるが、わざわざそうはしないできているんだ」 「恩着せがましい言い方だなあ」そういいながら児玉の弟は東城たちを防犯カメラが置かれている部屋に案内してくれた。 カメラに接続した機器が未だに床に散らばっている。東城は、IT担当の男にその機器を示した。男はうなずくと外側の写真を撮影し、慎重に手袋をつける。 「何するんだ?」と児玉の弟が聞く。 「中をみてもいいですか?」とIT担当者は児玉の弟に聞き返している。 「中って、なんでだ?」 「気になることがあるから、箱の中をみたいんだ」と東城は言った。「一緒に見ていてもらってかまわない」 「当たり前だろう。この中のハードディスクには、客の映像が入ってるんだぞ」と児玉の弟が言った。 IT担当者は慎重な手つきで箱の中を開ける。蓋をあけると、基盤やハードディスクが見える。 「ああ、ありましたね」と彼は言った。 「あったって、何が?」 「通信機器です」と彼は手袋をした手で一箇所を指差す。「これです。中のデータを飛ばせるんですよ。簡単な仕組みです。外部端子がないためデータを外に持ち出すことができないように見えるんですが、実際は、外からこの通信機器でつなぎ放題です」 児玉の弟は愕然としている。 「これで映像を盗んでいたのか」 「そうだと思います。普通のセキュリティシステムは、もちろん設置者の許可なくこんなことはしません。通信費もかかりますしね。でも、このオールシステム社は、通信費負担してもいいくらいに、ここの映像がほしかったんでしょうね」 竜崎は、児玉の弟を見る。「オールシステム社を告訴するか?」 「告訴?そんなまだるっこしいことするかよ。俺の店にこんなもの持ち込みやがって、ただじゃ」そこまで児玉の弟が言うと、竜崎はさえぎった。 「我々としては、告訴してほしいんだが」 児玉の弟は電話をかけはじめる。兄に電話をし、相談していた。 「兄貴がこっちにくる。ちょっと待て」と彼は電話を切って言った。 しばらくして児玉が子分を何人かつれてやってきた。 弟から状況を聞き、オールシステム社の箱の中の通信機器を見た。 「この会社は紹介で来たんだ。紹介した奴も俺たちをはめるつもりだったのか」と児玉の弟は言う。 「告訴したらどうなる?」と児玉は竜崎に聞いた。 「オールシステム社を捜査し、映像など証拠を押収する。そして、他にも同じことをしていないかどうかや入手した映像や情報をどうしたのかを調べる。奴らが証拠を消して逃げる前にやる必要があるから、急いでいる。こっちでコツコツ証拠を積み上げたりしていたら、時間がかかる。告訴してもらうのが、オールシステム社を調べるのに、一番早いので、児玉さんに要請している」 「なるほどな」児玉は、うなずいた。「手続きさせよう」と彼は言った。 「兄貴、いいのかよ。警察になんて協力して」 「馬鹿。俺たちは被害者で、この国の平和と安全のために貢献するんだよ。それが俺のやり方だ。正義のためなら告訴でもなんでもするさ。オールシステム社があんたたちの手から漏れてもし逃げたら、その時は俺なりの方法を考えるがな」と児玉は言う。 竜崎はすぐに本庁に連絡をし、所定の手続きをとる準備を始めた。書類をそろえ、家宅捜索の令状を取る。 そうしながら、東城は児玉の弟に紹介者の名前などを聞いていった。 一通り手続きが終わり、東城たちが本庁に戻ろうとするところを児玉はとめた。 「昨日の夜、勢田からあんたたちのお仲間は無事に助け出せたのか?お仲間っていうのは、例の、刑事だったのか?勢田がいれあげているっていう?」と聞いてきた。「無事ってことはないよな。あんだけ時間があったんだ。すっかり、勢田の女にされてたか?」興味本位の面白がっている口調だった。 東城は、無言で児玉を見下ろした。不穏な空気が流れたので、竜崎が答えた。 「勢田のところには確かにいた。児玉さんこそ、勢田に貸しを返させないのか?この店をここまでされて?」 「ああ」と児玉は言う。「今朝、勢田から詫びがきたんだ。かなり金を包んできた。誤解があって、この店を襲ったといってきたよ。申し訳なかったと言ってきやがった。仲介に、俺が世話になった叔父貴までいれてきてな。こっちはいつでも奴とやりあいたいところだが、そうもいなかくされてしまったんだ」 残念だよ、と児玉は言った。気に入らない奴と喧嘩もできない。つまらない世の中になったもんだ、と言った。 オールシステム社に向かう車中で、運転をする東城に竜崎が話しかけてきた。 「東城、広瀬とは親しいのか?」 東城は、前をむいたまま答える。「前の部署で後輩だったから」 「ああ、そうだった」と竜崎は言った。「お前、そういう関係を大事にするからな。どこにいっても」竜崎は、しばらく躊躇していたようだが、口を開いた。「なあ、俺がこんなふうにいうのもなんだが、広瀬とはあんまり深く付き合わないほうがいい。彼は、親しい関係をもつには事情がありすぎる。彼に関わるのは、お前の将来によくない、気がする」 東城は驚いた。竜崎が誰かのことをこんな風に言うような人間でははなかったからだ。 「事情ってなんだよ?」と聞き返した。 「前に言ったよな、福岡さんが広瀬に父親のことを質問したって。あの後調べてすぐにはわからなかったんだ。それでも、お前が昨日の夜広瀬を探して勢田の事務所まで行ったりするから、気になって、さっき、福岡さんに聞いたんだ」 「この忙しいときに余裕だな」と東城は返した。 「ああ。余裕ってわけじゃない。だけど、早めに聞いておきたいと思ってな」 「それで?福岡さんはなんて言ってたんだ?」東城は冷静になるように自分に言い聞かせた。 「広瀬の父親の広瀬信隆は、警察庁のキャリア官僚だった」 「へえ」と東城は答えた。意外だったが、それがなんだというのだろうか。身内が警察というのはよくある話だ。「それで?」 「広瀬信隆は、20年以上前に殺されている」 かなり驚く話だった。広瀬はそんなそぶりは全くしたことがなかった。竜崎は東城が驚いたのがわかったようだ。 「一緒に、広瀬信隆の妻、つまり広瀬彰也の母親も殺されているのが発見されている。犯人はまだ捕まっていない。もちろん、今でも捜査は続けられている」 「そんな大事件聞いたことないぞ」 「20年前だからな。お前、子供だっただろう。それに、当時、ニュースにはなったのだが、あまり大きくは取り上げられなかったので、今調べてもそれほど情報は出てこない」 「現役の警察官僚が配偶者と殺されたのにか?」 「ああ。マスコミに情報が流れないようにしたらしい」 「嘘だろ。ありえない」と東城は言った。「なんだよ、それ。福岡さんがそう言ってたのか?」 「ああ」と竜崎はうなずいた。 「あの人の言うことだろ」と東城は言う。「どこまでほんとか」そういって首を横に振った。 「それに、だからって広瀬は被害者じゃないか。なんで広瀬と親しくするなって話になるんだよ」 竜崎はずっと話しづらそうだ。「ああ。そうだ。広瀬彰也は被害者遺族だ。だが、警察庁内の幹部には彼の父親の友人たちが複数いる。その幹部たちの敵もいる。さらに言うと、広瀬信隆を殺したのは、警察内部の犯行の可能性があるらしい。当時おこっていた複雑な事件の背景に、警察や政界が関係していて、広瀬信隆はそれに巻き込まれたとも言われている。今でも事件を蒸し返そうという勢力と、もみ消そうという勢力がいるんだ。広瀬彰也は、被害者だ。それも、子供の頃に両親を殺されたという痛ましい体験をしている。だから、彼は多分に政治的な存在だ。彼と深く係わり合いになると、いつか警察庁内の争いに巻き込まれる。ほどほどの距離にしておいたほうがいい」 東城は返事ができなかった。たいして眠っていない頭にはヘビーな話だった。 広瀬の感情のない透明な目を、無表情な顔を思い出した。20年以上前というと広瀬は何歳だったのだろうか。かなり小さかったはずだ。そんなときに両親が殺されるという恐ろしい体験をしているなんて。あんなに無愛想で感情を表すことがないのが、分かる気もする。それに、幼い時に両親が亡くなって、どうやって大人になったのだろうか。施設で育ったのか。だから、家族の話もしたことがなかったのか。 竜崎の話はそれで終わった。彼は彼なりに東城のことを心配しているのだろう。東城は自分がどうするのかを竜崎に答えなかった。

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