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日は落ち、暗くなり始めていた。もう、青キヨラの事務所は閉まっているかもしれない。そう思いながら広瀬は近所の駐車場に車を停め、前と同じ川沿いの1階の事務所を訪れた。 インターフォンを鳴らす。返事はない。何度か鳴らしてみた。ブラインドの奥は明かりがついているようだ。 広瀬は扉を叩いてみた。ちょっと押すとグラっとうごく。どうやら開いているようだ。事務所に人がいないとしたら無用心だな、と思い中に入った。 「失礼します」と声を出す。 中は半分だけ明かりがついていた。足を踏み入れて驚いた。椅子が倒れ、書類が床に散らばっていた。何か騒ぎがあったようだ。事務所を見回しても誰もいない。奥のほうに入り込んでみたが人の気配はなかった。トイレのドアもあけたが、明かりは消えていた。 広瀬は、中を見回し、書類を拾ってみた。スケジュールやメモ、地図のようなものだ。あまり重要そうには見えない。 彼は壁に飾ってある絵の近くに貼ってある表示をみたり、棚の中や机の引き出しを開けてみる。ごそごそとかぎまわっていると、みつけた。茶封筒にはいっている契約書だ。この一階の事務所と、上の階の賃貸契約書だった。階数と部屋番号があった。3階の2号室だ。契約者は、青キヨラの事務所の社長になっている。 広瀬は、3階にむかった。 1階で何があったのだろうか。問題がおこっているのでなければいいが。 3階の2号室には他の部屋のような表札はでていなかった。他の無機質な小豆色の金属のドアのほとんどには会社名がでていた。この建物のつくりは集合住宅だが、利用はほぼ法人なのだろう。都心の集合住宅にはよくあることだった。 ここで青キヨラは絵を描いているのだろうか。 広瀬はインターフォンを押した。2回押して、ドアスコープから自分が見えるようにドアの正面に立つ。返事がないのでドアを数回叩いてみる。不在だろうか。また、ドアを叩いてみた。 しばらくして、ドアの鍵が開けられる音がした。わずかな隙間が開く。 その先には、事務所の社長がまた眠そうな顔で立っている。「ああ、刑事さん。また、なんですか?」 「あの、画廊の件で確認にきました」 社長は黙っている。そして、口を開いた。「まだ、わからない。わかったら連絡しますよ」そう言ってドアを閉めそうになる。広瀬はあわててその手をとめ、ドアが閉まらないように下に足を差し入れた。 「って、なんですか?」社長はむっとしている。 「あの、画廊のこと以外でも聞きたいことがありまして」と言った。「それに、一階はどうされたんでしょうか?」 「一階?」 「トラブルがあったような跡がありました」広瀬はドアに手をかける。力を入れた。「どうされましたか?」 「なんですか?!」急に語気を強められた。「警察が勝手に入っていいとでも?」 これは、明らかに何かあった反応だ。警戒しているのか、怖がっているのか。 「心配してお尋ねしているんです」と広瀬は静かな声で言った。 「いりません」ときっぱり言われる。 だが、かすかに、奥から奇妙な声が聞こえた。助けを求めるような声だ。広瀬は耳を澄ました。そして、社長もその声を聞いたのだ。目が後ろを振り返り、いまいましそうな表情を浮かべた。 広瀬は彼を押しのけて中に入ろうとした。押し合いになるが、力で押しのける。ドアがバタンと大きな音をたてて背後でしまった。広瀬は靴のまま部屋にあがり入っていった。「どうしましたか?」と大声を出して、先ほどの声に呼びかけた。 奥の部屋のドアを開けると、そこには青キヨラが立っていた。 そして足元には、初老の男がしばられていた。肩と太ももから血がでている。命に関わりそうではないが痛そうだ。広瀬は青キヨラと目があった。この前あったときとは異なり、血走った目だ。そして、しばられた男は半泣きで広瀬の方をみている。 首にヒヤッとした感触があった。 「声を出すな」と言われた。 社長が広瀬の首に鋭い刃物をあてているのだ。

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