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そこで、船に強いライトがあたった。
大きなサイレンがなり響き、スピーカーから声がした。船に対して停まれという声だった。広瀬はそのライトの方をみた。青キヨラもそちらの方に目をむけた。警察だった。助けに来てくれたのだ。膝から力が抜けそうになる。
だが、青キヨラはそのライトと声を聞き、すぐにきびすを返し操舵室に入っていった。彼は、船のスピードを速めた。さらに、出てきたときには、燃料の入った缶をもっていた。
青キヨラには、広瀬の静止の声は何の意味もないのだ。彼は燃料缶の蓋をあけて、甲板に流していった。揮発性の高い燃料の異臭が鼻をつく。ちょっとしたことですぐに引火しそうだ。
まぶしいライトは船にあたったままだ。警告の声が響く。
広瀬は、倒れる社長を揺り動かした。こちらに流れてくる燃料からできるだけ身体を遠ざける。社長を押して、甲板のはじまで行った。社長は半分くらい意識をとりもどしている。「ここから逃げてください」と耳元で大声で言った。通じたかどうかはわからなかったが、その場は離れた。
船室に走り、村井を起こした。
「村井さん、逃げてください。海に」そう言って、ペットボトルを彼に押し付けた。「早く!」
村井は首を横に振る。「無理だ。足が。私は、動けないんだ」
「青キヨラが、船に火をつけるつもりです。そんな甘えたこと言っていたら本当に死にますよ!」と怒鳴りつけた。
村井は広瀬の剣幕に驚いたのと死にたくなかったのだろう、あわてて立ち上がり、怪我をした足をかばいながら船室からヨタヨタとでた。
倒れていた社長も、身体をおこしつつある。何かを青キヨラに言っていた。
青キヨラは、燃料缶の中身を全てあけきっていた。ポケットから着火ができる細長い棒を取り出している。
広瀬は、無我夢中で彼の方に走った。燃料が足に、身体にかかるが、ためらっている時間はない。青キヨラにむしゃぶりつき、着火機器を奪おうとした。
このまま火をつけられては、青キヨラも死んでしまう。画家は見た目どおり強い力で、手にした着火装置は簡単に奪えるということはなかった。なんとか手首をつかみあげて、力をいれゆさぶった。
もみあいが続いたことと、着火機器を青キヨラの手から放させたところまでは覚えている。
その次の瞬間、身体ごと吹き飛ばされていた。
気づいたらそこは、水の中だった。青キヨラが自分の横で沈んでいくのが見えた。目がとじられている。広瀬は必死に手を伸ばし、彼をつかんだ。海上に一回顔をだし、わずかに空気を吸うことができる。だが、すぐに、青キヨラの重みで自分もしずんだ。
息苦しいが、手を放すわけにはいかなかった。
身体の力を抜いて、仰向けになるんだ、と広瀬は自分に言い聞かせた。青キヨラもあばれていないのだから、できるはずだ。落ち着いて、落ち着いて。こんなところで、こんな風に死ぬわけにはいかないのだから。
また、身体が浮き、わずかに顔が空気に触れた。息をつくことができる。浮き沈みを繰り返しながら、広瀬は上を見た。絶対に、助かる。青キヨラも助けて真相を聞くのだ。それだけを考えていた。
気がつくと、頭上に浮き輪が投げ入れられた。ライトを当てられている。広瀬は、青キヨラの身体に浮き輪を通した。彼の身体が広瀬から離れ、海上に浮かんだ。
広瀬はやっと手足が自由になった。背中を下にして目をとじると、身体がぽっかりと海上に浮いた。
ドーンという音が耳に入ってきた。燃える船が大きな音を立ててさらに炎を大きくさせていた。甲板で燃えていた火が船の動力の燃料にまで回ったのだろう。警察の船のライトよりも大きな火が、闇の中に広がった。
広瀬は身体を海にあずけながら船が燃えるのを見た。しばらくして、広瀬自身も、助け上げられた。
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