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広瀬は特に異常がないことを救急隊員に告げた。火災の中運河に落ちたのだが、痛みはなかった。背中を見てもらったが、火傷にはなっていないということだった。 広瀬が、救急隊員に簡単に問診を受けていると、宮田が船とは逆方向からやってきた。 「生きてたんだな」と宮田は広瀬に声をかけてきた。「船が火災で運河に何人も落ちたって聞いたから、さすがにヤバイと思った」 びしょびしょになっている広瀬の顔を覗き込んでくる。 「病院に行く必要あるか?」 広瀬は首を横に振った。 「じゃあ、大井戸署に戻るぞ。急げ」と言われる。広瀬は、毛布を身体に巻きつけたまま、宮田について駐車場まで行った。 車に乗り込むとすぐに宮田は出発させた。 「こんな大騒ぎになって、本庁のお客さんだけじゃなくって神奈川県警や海上保安庁まででてきてるんだ。お前が連中につかまるとやっかいだから、早く大井戸署に連れ戻せって。署長命令だ」と宮田は急ぐ理由を解説してくれた。 広瀬は、うなずいた。宮田はため息をついている。「おかげで大忙しだよ」 しばらく車を走らせ、聞いてきた。「寒い?」 広瀬は首を横に振った。濡れているが、寒いとか暑いとか感じるような感覚の余裕はまだなかった。だが、手を見ると震えていた。緊張のせいだ。宮田からは寒そうにみえたのだろう。 「ところで、君塚は?」と宮田に聞かれる。 「船に戻っていった」と答えた。 宮田は運転しながらうなずいた。「お前、後で、君塚にお礼いえよ。あいつがいなかったら、本当に、今頃、死んでたぞ」 今日の夜、君塚は広瀬からの連絡が高田に来ていないのに気づいたのだ。そして、こちらからの連絡にも出なかったため、すぐに探したほうがいいと主張した。 高田は、忙しかったこともあり、広瀬は昨日徹夜だったから、勝手に帰ったんじゃないか、あいつだってこっそりサボるだろうと確認するのを面倒がったが、広瀬さんに限ってそんなことは絶対にないです、と言ったのだ。 そして、広瀬の携帯のGPSから、彼が運河上を移動しているのがわかった。君塚は、近藤の死体が運河であがったことから、広瀬が何か事件関係のことで運河にいるに違いないと言ったのだ。そして、確かに運河ではおかしな航行をしてる漁船がみつかった。 そんな夜遅くに船を手配してその漁船を追うことは一苦労だった。間違いだったらどうするのだ等々反対意見も多かったが、君塚は熱心に何かあるに違いないといい募ったのだ。 「お前、去年、君塚を車に置いてって、その後大変なことになっただろ。あいつ、あの時のことで、責任感じてたんだと思う」と宮田が広瀬に言った。「高田さんもびっくりしてたよ。普段温厚な君塚があんなに自分の意見を主張することってなかったもんな。今回はあいつのお手柄だよ」 広瀬は、宮田の言葉を聞きながら車の窓の外を見た。遠くの空が白み始めていた。

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