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生まれも育ちも 5

「広瀬さん、お仕事は何をされているの?」と美音子が聞いてくる。どうやらそういったことは伝わっていないらしい。 「大井戸署で刑事をしています」 「あら、弘一郎さんが前にいたところね。そこで知り合ったの?」 「はい」 何でこんな会話しなきゃならないんだよ、と思いながら広瀬は返事をする。 「弘一郎さん、いつも忙しいってばかり言って、ちっとも仕事の話してくれないんですよ。母が大変心配していて。母は弘一郎さんを溺愛しているんです。他の方にご迷惑になることをしていないか、とか、遅刻していないのか、とか。私は、もう社会人なんだからどんな失敗をしても自分の責任なのよ、って言っても、母親と息子というのは、そんな割り切った関係にはならないのよね」 美音子は、聞かれもしないのに勝手に話をしてくる。こういうところは東城に似ていた。もしかすると、全体的に話好きな一族なのだろうか、と広瀬は思った。集まったりしたらさぞ騒がしいことだろう。 「弘一郎さん、大井戸署できちんと仕事してました?」 「ええ」広瀬はうなずく。「東城さん、優秀だから本庁に戻ったんですよ」自分が誰かに東城を誉めることになると思いもしなかった、と考えながら、広瀬は、答えた。 「そうなの?」美音子はうれしそうだ。とりあえずほめておいてよかったと広瀬は思った。女王様の機嫌をわざわざ損ねる必要はないというものだ。 「危険なお仕事なんでしょう」 「いえ、それほどでもないです」 広瀬は、自分が入れたウイスキーの存在をやっと思い出し、一口だけ飲んだ。味がわからない。 「そういえば、お夕飯は召し上がったの?」と美音子が尋ねた。 「はい、軽く」 おなかがすいたので夕方に食べたが、足りないので東城が帰ってきたら近所に買いに行こうと思っていたのだ。それも今となってはどうでもよくなってしまったが。 「そう」と美音子はうなずく。そして、何を食べたのか、と聞いてきた。 「あ、えーっと。コンビニの弁当を」と広瀬。 「どんなお弁当を?」 変なこと追求してくるなあと思ったが正直に答えた。「ハンバーグが入ってる、普通のです」 「お夕飯は、そういうところのものが多いのかしら?」 「ええ、まあ」 「朝は、朝食は食べてらっしゃるの?」 「もちろんです」 「どんなものを?」 「ええっと」広瀬は口ごもる。今朝は何を食べたんだったか。これもコンビニで買った惣菜パン2個とアンパン、おにぎりとタマゴとコーヒーだった。炭水化物のオンパレードだ。なぜか美音子には正直にはいいにくい。 もごもごしていると美音子が別なことを聞いてくる。「自炊していらっしゃるの?」 「いえ。あまり」 美音子はうなずいている。 「あなたくらいの年齢の男性の食生活ってそういう感じかもしれませんね。お野菜とかは食べているの?食事のバランスはどうしているの?」 広瀬はますます答えられなくなる。なんだろう、この質問。 前は自分のアパートで、野菜も買ってきて切ったり茹でたりして適当に食べていた。でも、東城のうちに来るようになってから、買うタイミングもなく、たまに買い置きしていても食べないままいたんでしまうのことが増えて、やめてしまったのだ。だから、今は外食か、コンビニや弁当屋の弁当や惣菜ばかりだ。 美音子は広瀬から返事がなくてもあまり気にしていないようだ。 「弘一郎さんは食事どうしてるのかしら。いつも外で食べているの?自分でご飯は作ったことないと思うんだけど。でも、一人暮らしが長いから何か作れるようにはなっているのかもしれないわね」 それはないでしょう、と広瀬は内心つぶやいた。東城が少しでも料理らしきものを作っているのはみたことがなかった。レトルトパックを温めるくらいが彼の能力の限界だろう。 「そういえば、私、おなかがすいてきたわ。弘一郎さんと話をしたら、一緒に食べに行きましょうね」と美音子がいう。「この近所に、遅くまでやっているいいお店があるわ」 そういうと、美音子は広瀬の返事も聞かず、電話をし、店に予約をしはじめた。3人と言っている。大事なお客さまをお連れしますからよろしく、と言っていた。 美音子はその後も、広瀬に仕事はどのくらい忙しいのか、お昼ご飯は署内ででるのか、夜は何時に寝るのかなど生活のことを、広瀬が当惑するくらい根掘り葉掘り聞いてきた。

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