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生まれも育ちも 7

美音子とわかれマンションに戻ると、東城ははあっとため息をついた。 「ごめんな、急にきて、びっくりしただろ」 「ええ、まあ」と広瀬はこたえた。実際はびっくりどころの騒ぎではなかったのだが。 東城はネクタイをゆるめ、ソファーに倒れこむ。それを見て、広瀬はからかってみた。「外から戻ったらうがいと手洗いをなさい、弘一郎さん」 東城は、むっとした表情をするが立ち上がって洗面所にむかった。そして、ネクタイをはずしシャツを脱ぎながら戻ってくると広瀬に言った。 「まあ、そう冗談をいえるくらいだったらいいけど。あ、それに、名前で呼ばれるの悪くないな」もう立ち直っている。 広瀬はふん、と思った。もっとあわてたり落ち込んだりすればいいのに。今日自分がどれだけあせって困ったと思っているのだ。 東城の感情はだいたいが陽性だ。長時間ネガティブにはなれないのだ。 そう思っていたら、また東城の電話がなり、彼は軽く手を広瀬にあげると書斎の方に行った。忙しい中出てきてしまったせいだろう、何度も電話がかかっている。このまま呼び出されるかもな、と広瀬はぼんやり考えながら浴室を先に使うことにした。 ゆっくり風呂につかってから、ソファーに寝そべっていると、仕事も何とか一段落ついたらしく、広瀬の後に浴室に入っていった東城が、さっぱりしてでてくる。 冷たいビールを持ってきてくれた。ソファーの足元にあるラグの上であぐらをかき、広瀬の頭のあるソファーの縁によっかかる。 「美音子さんとは何歳はなれているんですか?」と広瀬は聞いた。 「9歳年上。俺のうち、おばあさんとお母さんがいて、美音子さんがいるから、母親が3人いるみたいな感じだったんだ。3人ともそっくりなんだよな。世話好きなんだけど、おしつけがましいっていうか、おせっかいで。おしゃべりで」 なるほど、と広瀬は思った。 「前にも言ったと思うけど、俺んち母方が女系で女ばっかなんだよ。俺の座右の銘聞きたい?」 「いえ、全然」 「まあ、聞けよ。『女には逆らうな』だ。あいつら敵に回すとホント怖いぜ。可愛いとこもいっぱいあるけど」 「そうですね」と一応同意しておいた。 「美音子さん、お前になんか熱心に質問してたけど、何聞かれてたんだ?」 「生活のことです」 「生活?」 「毎日何食べているのかとか、何時に起きて朝食はどうしているのかとか」 東城は少しだまった。そして言った。「偵察にきたんだな」 「は?」 「お前、この前倒れただろ。母親の診療所に連れてったら栄養失調気味って言われた。それが美音子さんにも伝わったんだろう。どうなってるんだって思われてるんだ」 東城が上目遣いで広瀬を覗き込んでくる。「顔色かなり悪かったしな。きちんと食事させろって俺が責められた」 あの夢かと思った会話は本当だったのだろうか。 「どうして」と広瀬は聞いた。「お母さんとお姉さん、俺のこと知ってるんですか?」 東城は広瀬の疑問に同意してうなずく。「そうなんだよ。あいつらいつのまにか知ってて。だから、怖いっていってるんだ。独自の情報のネットワークがあるんだよ」彼は大げさにため息をつく。が、すぐに言った。「俺の推理じゃ、隆平が告げ口したんだと思う」 隆平というのは東城の親戚だ。広瀬と東城が付き合っているのを知っているのだ。誰にも言わないと言っていたのに。彼の性格からしてそんな言葉は口が渇かないうちに反故になっていたのだろうが。東城は隆平を嫌いだから、疑いをかけているのだろう。 そのとき、ふっと思い出した。「そういえば、石田さんって誰ですか?」 「あ、石田さん」東城は一瞬目を泳がす。 「そうです。石田さんって?」何か隠しているのだろうか。広瀬は東城がきちんと答えるまで聞こうと決心する。 「石田さんは、俺のおばの家で昔から家事全般を仕切ってくれてるお手伝いさん」 「その人がどうしてこのマンションの鍵を?」 「えっと。このうちは、その岩居のおばのものなんだ。岩居のおばは、俺の母の妹で、千葉で産婦人科やってる。もともとは、娘の陶子さんが大学に通うために買ってたんだけど、陶子さんがアメリカにいったから、俺が借りてるんだ。家賃もちょっとは払ってる。で、俺が借りるときの条件が、石田さんに週3~4日掃除にきてもらうってことだったんだ。おばの気持ちもわかるよな。男が一人暮らしを自分のマンションでして好き放題されたらいやだもんな」 そうだったのか、と広瀬は納得した。どうりで、いつもこのマンションは掃除や整理整頓がいき届いていて快適なはずだ。東城が一人できりもりできるわけがないのだ。毎日来ていたわけではないとはいえ、そんな簡単なことを思いもしないとは、自分はかなり鈍い。 「俺は、会ったことないですけど」 これだけ頻繁に来ていて出くわさないというのは不思議だ。

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