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生まれも育ちも 8
東城は、ビールを一口飲んだ。
「誰かに合鍵をわたすときには、石田さんに連絡することになってるんだ。前に、本当にずいぶん前だけど、女の子に合鍵渡したら、俺が大学の合宿かなにかでいない間にきてて、石田さんと鉢合わせになって、なんというか、ちょっともめたんだよ。石田さんがもめたんじゃなくて、まあ、女の子としては、自分がいろいろ家事をする気だったのに、そうじゃなさそうだったのが嫌で、俺ともめたんだ」
ありそうな話だ、と広瀬は思った。
「で、それ以来、合鍵をわたすときには、石田さんには誰に渡したのかその子の名前をいって、できるだけ鉢合わせしないように調整してたんだ。女の子が掃除とかこまごまをしたいんなら、石田さんがしばらくこなくって、たまに女の子がいないときに点検にくるくらいにするってこともしてたんだ」
東城は言葉を切る。それで説明を終えようともしていたようだが、ふと思いついたのか、続ける。「それも、ずいぶん前のことだ」
自分が付き合ってきた女の子たちの話を広瀬にするのが嫌なのか、広瀬に遠慮しているのかはわからないが、言い訳っぽい口調だ。
「俺のことも石田さんに?」
なんと言って紹介したのだろうか。情報の発信源は隆平なんかじゃなくって東城自身なんじゃないのか、と思う。
「ああ。お前にも石田さんのこというつもりだったんだけど、つい言いそびれて」
広瀬は首をかしげた。いう機会はいつでもあっただろうに、なぜ黙っていたのだろうか。東城は広瀬の視線に気づいた。そして、額に手をやる。
「石田さんの話したくなかったんだ」と正直に言った。「今まで、女の子たちに石田さんの話をしてろくなことがなかったから。なんだかんだ文句言われるのが多くてな。自立してないとか、いつまでそんな生活を続けるんだ、とか」
そういう女の子たちの気持ちはわからないわけではない。
合鍵をもらってはりきってやってきたら、お手伝いさんが生活の全てを整えていて、それをなんとも思っていないお坊ちゃんがいるのだ。
生活全般を仕切っているのは母親ではないもののマザコンっぽい感じがする。このまま付き合っていけるだろうかとか、思うに決まっている。
「石田さんは俺が子供の頃からずっと知ってる人で、ちょっと面倒見のいいおばさんくらいに思ってればいいのに、なんでそんなにもめるのか、俺にはわからない。だいたい、女の子たちより掃除も洗濯もなんでも丁寧でうまいし」
「それ、彼女たちに言ったんですか?」
「いや、俺だって、それほどデリカシーないわけじゃない。でもうまい人が手早くやるほうが合理的だろう」
東城は、広瀬の頭に手をやり、そっと髪をなでてきた。「考えてみたら、お前がそんな熱心に家事したがるわけないから、石田さんのことだってなんとも思わないよな」
そして、顔をよせてきて、軽く唇をついばんできた。
広瀬も東城に手を伸ばし、ぐっと東城の顔を自分に近づけ深いキスをした。
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