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生まれも育ちも 11

温野菜の入ったガラスのボウルを抱え込むようにして無心に食べていたら、それを見ていた東城が苦笑した。「誰もお前の食い物とったりしないから、ゆっくり皿にとりわけて食べたら」と言われた。 広瀬はもぐもぐしながら顔を上げた。それは頭ではわかっているのだが、美味しいのでつい無言になりひたすら食べてしまうのだ。 東城は壁にかかっているカレンダーを示す。 「石田さん、お前に当面ご飯作ってくれるらしい。この前、美音子さんが来ただろ。あれは、やっぱりお前の様子を確認しに来てたんだ。そういえば、あの後、お前検査行ってなかったしな。美音子さんがお前から話を聞いて、食生活を改善する必要があるってことになったんだって」 広瀬はうなずいた。だからってこんなふうに急にご飯つくるのはどこか変な気もする。だが、どこのうちにもよそとは違うやり方があるものだ。こんなに美味しいのだから批判する必要は全くない。 「朝ごはんと夕飯は用意するってさ。お前の量と石田さんの量の感覚があわないだろうから、そのあたりは慣れだな」 「お金は?」と広瀬は聞いた。 「それは、家賃に追加して払っとくから。材料は買っておいてもいいな。それと、食べたいものがあればリクエストしろってさ」 「食費払いますよ」と広瀬は言った。 東城はあいまいにうなずく。「そのうちにな」と彼は言った。そして、カレンダーを示した。 「お前がいない日はあらかじめ教えろって。長期間留守にするときは作らないからって。俺の分というのは考慮にいれてもらえないらしい」と冗談のような不満をならして見せた。 広瀬は、手帳を持ってきてスケジュールを確認した。何日か後に泊まりの研修がある。九州にまでいくのだ。 東城がカレンダーにしるしをつけている。 「研修ってなに?」と聞いてきた。 広瀬が渡された資料そのままに述べると、器用に片方の眉をあげてみせた。 「へえ。それって、上司の推薦で行く若手育成の研修だぜ。お前、選ばれたんだな。高田さん、なんだかんだ大変そうにしてるけど、お前のこと高く評価してるんだな。まあ、それもそうか。お前、仕事熱心だし、普段は、わりと精度のいい仕事するもんな。時々運河に落ちたりしなけりゃ、もっといいんだろうけど」 広瀬は、運河に落ちたのは一回だけです、と小さく反論してみせた。 でも、それ以上は何も言わなかった。今度行く研修がそういう性格のものというのは知らなかったし、高田が自分を推薦してくれたから行けるというのも全然知らなかった。 考えているとだんだんうれしくなってきた。広瀬を見るとため息ばかりついている高田が、そんな評価をしてくれているなんて。仕事で誰かに誉められたのははじめてかもしれない。今日はいいことだらけだ。ごちそうも、仕事も。身体の奥がほっこりと温かくなったような気がした。

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