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生まれも育ちも 12

出張から帰って玄関をあけると、東城がリビングから顔をだした。最近、少しだけ時間に余裕があるようで、早めに帰ってきていることがある。 広瀬は荷物を部屋に入れる。出張からもどって飛行場からそのまま東城の家にくるのは初めてだ。いつもは、一旦、自分の家に帰っていた。 東城が腰に手を回してきて、自分に引き寄せるとこめかみに軽くキスをしてきた。「おかえり」と言われる。 意地になることもないかと思い素直に「ただいま」と言った。すると、東城は満足げな笑顔を見せた。 夕食がテーブルに所狭しと並んでいる。 石田さん作のおいしそうな家庭料理だ。石田さんがご飯を作ってくれるようになってから、冷蔵庫が空っぽになることがなくなった。食べても食べても、すぐに作ってくれている。しかも、レパートリーが多い。全体的に健康に留意されている気もする。これが、プロのお手伝いさんの力量か、とつくづく思う。 食事をすませて、広瀬は東城に聞いた。「明日、石田さん来ますか?」 東城はうなずく。「ああ。来るけど、なんでだ?」 広瀬がかばんを探り、お土産の入った袋をだした。リビングの机にのせる。そして、書斎からメモ帳をもってきて、石田さんにメッセージを書いた。いつもの家事とご飯のお礼とおみやげの紹介を簡単に書く。和菓子と女性が好きそうな小物だ。最後に、広瀬、とだけ名前を書いた。 東城は、しげしげとそのメモと土産をみている。「石田さん、よろこぶだろうな」と言った。 彼は石田さんが好きなのだ。だから、こういった気遣いをされると彼もうれしいのだ。 そう思っていたら、東城に右手をだされた。意味がわからずじっと見てしまう。しばらくそうしていたら、彼が言った。「俺には?お土産は?」 広瀬は、こどもみたいな人だな、と可笑しくなった。だが、ここで意地悪するつもりはなかったのでカバンから小さな箱を取り出してわたす。 東城は「ありがとう」と言った。「なに?」そういいながら包みを開ける。それは小さな青いお守りだった。「学業成就?」と文字を読んで彼は言った。 広瀬はうなずく。「昇任試験うけるんですよね」と言った。 「まあな」と東城は答えた。このところ彼がずっと勉強しているのはそのためだ。「どこの?大宰府?」 「いえ、俺の伯父さんの家の近所の天神さまです。俺も、大学受験のときお参りしました」 「受かったのか?」 「3勝1敗でしたね。本命は受かりましたよ」 「ありがとう」と東城はもう一度言った。「大事にするよ。よく勉強する」そう言って書斎に持っていった。 戻ってくると聞かれる。「伯父さんって九州にいるんだ。出張ついでに遊びに行ったのか?九州のどこ?」 「大分です」 「へえ。大分って、行ったことないな。お前の両親のどっちかが大分の人なのか?」 「母が」と広瀬は答えた。 「伯父さんっていうのはお母さんの兄弟?」 広瀬はうなずいた。 東城はソファーに座った。 黙って広瀬を見上げている。優しいいつもの視線だ。だが、そこで広瀬は理解した。この人は知っているのだ。自分の両親のことを。誰に聞いたのだろうか。福岡からだろうか。いつからだろう。知っていてずっと黙っていたのだ。東城らしくもない。いつも、広瀬が困るくらいあけすけになんでも聞いてくるのに。 彼は、広瀬が話すのを待っているのだろう。広瀬が秘密にしたいことを、こじあけたいとは思っていないのだ。 広瀬は一度まばたきした。そして、東城に言った。「俺の両親、亡くなってて」 東城は静かにうなずいた。自分が知っているということは隠さなかった。

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