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生まれも育ちも 13
「お前がいくつのとき?」
「小学校1年生のときです」
「それで、どこでどうやって大人に?」
「あの、」と言う。「俺は伯父さん夫婦に育てられたんです」
「大分の?親戚のところで育ったんだ」
東城の表情を見てると、勝手にいろいろ想像しているのがわかる。
だいたい、多くの人がかわいそうな子供時代を思うようなのだ。グリム童話とか継子いじめのメロドラマとか見すぎなんじゃないかと思う。大事に育てられる子供だっているのに。
「伯父さんのところで俺はすごく可愛がられたんですよ。本当の両親と同じくらいに」
伯父は地方公務員で伯母は小学校の先生だった。子供がいない伯父夫婦は本当に広瀬を大切にしてくれた。今でもよく連絡をとるし、今回のように機会があれば会いに行く。広瀬からすると実家に帰る感じだ。
「母方の親戚も父方の親戚も、みんなよくしてくれていて、いつでも歓迎してくれるし」
「そうなのか?」東城は意外そうだった。
「そうです。だから、両親が早くに亡くなった『かわいそうな子供』ではありますけど、それ以外は親戚をたらいまわしにされてもいないし、意地悪されても、こきつかわれてもいないし、つらい思いなんかしてないです」そう広瀬は強調した。
だったらいいんだけど、と東城は言った。
そして、質問してくる。
「ご両親、殺人事件だって聞いたけど」
「はい」
「一度に2人も殺すなんて、ひどい事件だな」
「正確には3人です」と広瀬は言う。
「え?」
「母のおなかには赤ちゃんがいたんです」兄弟になるはずだった。
東城が広瀬の目をのぞきこんでくる。彼の中の哀しみや痛みを探しているようだ。広瀬は、じっと東城を見返した。
「犯人はまだ捕まってないって?」と東城が言った。
広瀬はうなずく。「はい」
「お父さんは、警察庁のキャリア官僚だったって」
「そうです」
「お前が、警官になったのは、犯人を捕まえるため?」
広瀬はあいまいにうなずいた。「まあ、それもありますね。おじさんたちに誘われたっていうのもありますけど」
「おじさんたち?」
「父の同僚だった人たちです。今も警察庁にいます」
「その人たちもキャリア官僚、だよな。いま、結構偉いのか?」
「まあ、そうでしょうね」
「その人たちに誘われて?」
「ええ」
父の友人で両親が殺される前から家にちょくちょく来ていた同僚の男がいたのだ。だから、小さい頃から広瀬はその男を知っていた。
広瀬が大分の伯父に引き取られた後、その男は年に1~2回大分にまで広瀬の様子をみにきていた。東京の大学に進学した後も定期的に会い、そこで他の父の同僚だった男たちを紹介されたのだ。
就職先について考える時期になると、彼らは広瀬に警視庁に入ることをすすめてきた。父親の仕事に関心があったこと、犯人を捕まえたいと思っていることを知っていたのだろうか。その『おじさんたち』とは警視庁に入った後も時々あっている。
「実際、働いてみたら犯人捜しなんて到底無理ってことはわかりましたけど」と広瀬は言った。「毎日の仕事が忙しくて、それどころじゃなくて」
しかも、両親の事件関係の記録は大半が機密になっている。遺族だろうと刑事であろうと、簡単には見せてもらえない。それに、当時あらゆる手を尽くし人を尽くして散々捜査がされ、今でも捜査中の案件を、広瀬一人が動いたからといって解決できるとは思えなかった。「この仕事についたからこそわかったことですけど」
東城はうなずいた。そこで、この話は終わりにした。
広瀬が告げなかったことがある。犯人捜しをしていないのは毎日忙しいのもあるが、今の生活が楽しいせいだ。東城と過ごすようになってからは特にそうだ。
両親や生まれるはずだった兄弟のことを忘れたわけではないけれど。24時間365日そのことばかりを考え、犯人を恨み続けることはできない。だけど忘れて生活を楽しんでいることは裏切りのような気がして後ろめたい気持ちになる。でも、時間がたつと、また、日常の何気ない幸福の中に浸っているのだ。そんな感情のことを東城には言わなかった。
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