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15.さらに悩む弟子

次の日、レイヴンは部屋に差し込む朝日で目が覚めた。 ゆっくりと身体を起こすと、布団が滑り落ちて、自分が何も着ていないことに気がついた。 「……あ」 寝ぼけ頭でも昨日のことを生々しく思い出してしまって、ベッドの上で固まる。 そこから数分。覚えている範囲でも恥ずかしくて死にそうだった。 師匠との行為は段々と激しくなっていき、正直最後の方はいつも記憶にない。 「…………何言ったのかも、どうしてこうなってるのかも、全然思い出せない……。 ただ、師匠と顔合わせたくない……」 首を振って一旦忘れようと、まずは風呂に入って色々と洗い流すことに決めた。 本格的に身体を起こすと、何となく疲れは残っているが想像しているよりかはマシだ。 ふと視線を流すと、あまり綺麗な字ではない書き置きが机の上に残されていることに気がついた。 『身体はそんなに負担ないだろ?感謝しろよ?やたらと気にしてたテラスも綺麗なモンだろ。 お前の部屋だと狭いから、今度は広いところでな』 「……名前を書かないと誰だか分かんないでしょうが。何が、今度は広いところでな、だよ。意味分かんないし」 クシャリと紙を丸めて、くずかごへと叩きつける。 頭を切り替えて今日の予定をこなそうと、両腕を伸ばして気持ちを切り替え、動き出した。 +++ レイヴンは王国騎士団の執務室へと足を運んでいた。 先日の予算の話を騎士団長であるディートリッヒの意見を聞かねばならないと考えていたからだった。 あの師匠に任せておくと、ディートリッヒと勝負して、拳と拳のぶつかりあいだとか何とか言うに違いないからだ。 騎士団長の執務室の前でノックをすると、名乗るより先に扉が開かれた。 「誰かと思えばレイヴンか。どうした?」 「この時間だとまだ執務室にいらっしゃるかと思いまして。すみません、お約束もせずに押しかけてしまって」 「いや、気にするな。俺も文字に目を通してばかりなのは苦手でな。少し気分転換でもしようと思っていたところだ。 茶でも飲んでいくか?」 「お気遣いありがとうございます。では、甘えさせて頂きます」 ディートリッヒに微笑で礼を述べると、後をついて室内へと入る。 勧められたソファーへと腰掛けて待っていると、 ディートリッヒが簡単なティーセットを載せたお盆を持って戻ってきた。 「もしかして、来客の予定があったのでは?」 「いや、今日は執務室で確認することが山ほどあるのを知っていたアイツが、 飽きたら茶でも飲めと置いていったものだ。今日の訓練は任せているからな」 「あぁ、ウルガーですか。私も後で顔を出してみます」 ウルガーには自分からも話したいことがあったので、魔塔に戻る前に立ち寄ろうと思っていたのだが、 訓練所にいるならば顔も出しやすい。 世間話をして茶を飲みながら、レイヴンが予算についての話を切り出すと それだ、それ。と、ディートリッヒが眉間に皺を寄せる。 「文官が防衛に予算を裂き過ぎだと議題に上げたらしい。最もな意見でもあるが、 この国は騎士団も統合されて1つにされてしまっているからな。 他の国では、近衛騎士団、聖堂騎士団などときちん分かれているからいいのだが。 ウチは何せ大所帯で困る。これ以上は少々キツイのだが、どこか減らせるところはないかと思い悩んでいたところだ」 「確かに。騎士団内で各自が仕事を分担しているにせよ、ディートリッヒ様の身体は1つしかありませんし。 そもそも、騎士団を一括りにした予算で計算すること自体が間違っていると思うのですが… 以前の国王が様々な法を無理に改変してからというもの、文官たちも悲鳴をあげているのでしょう」 テオドールとは違い、ディートリッヒとは真面目な話を静かにできる。 それだけでレイヴンは心が安らぐ気がした。話が通じることは素晴らしいと、当たり前のはずのことに感謝してしまう。 「あぁ。陛下が綻びを正すにはまだ時間がかかるだろう。魔塔もテオドールが無理矢理に仕切っているが、 逆らう勢力もいるだろう?」 「はい。私はこの国出身ではありませんし、納得していない魔法使いも多数います。 こちらとしても、予算は厳しいところではあるので何とか折り合いをつけようと考えています」 「……分かった。アイツではなくレイヴンと先に話せて良かった。テオに任せるとロクなことにならんからな」 「はい。来る前にロクでもないことを言われていましたので、先にディートリッヒ様とお話出来て良かったです。 お茶、ごちそうさまでした」 レイヴンが席を立とうとすると、ディートリッヒが言いにくそうに、レイヴン、と呼びかけた。 はい、と静かに返事をすると。視線を彷徨わせてからレイヴンを心配そうに見遣る。 「その……レイヴン。身体は…大事はないか?」 「え?えぇ。特には。ご心配ありがとうございます」 「いや…すまない、大丈夫ならばそれでいい。だが、何かあればすぐに言ってくれ。 俺がいつでもテオを殴り倒してやるからな」 「ディートリッヒ様が私の味方になってくれるならば、心強いですね。ありがとうございます。では、失礼します」 ディートリッヒが心配してくれたことは分かったのだが、何に対してなのか思い当たらないないまま、 執務室を退席する。 訓練所へと向かいながら思案してみるが、1つだけ、嫌なことを思いついてしまった。 「まさか……師匠、余計なことを言ったんじゃ……?俺のことを、どうにかしたとかなんとか? だとしたら、恥ずかしくて最悪なんだけど……」 「…何が最悪だって?」 頭上から降ってきた声に普通に驚いて、うわ!と声を上げると。探していた人物がレイヴンの顔を覗き込んでいた。 「ウルガー!急に話しかけてくるから、驚いた。訓練は?」 「今、休憩中。どうした?団長に用事だったんじゃないの?」 ウルガーは王国騎士団の副団長で、レイヴンより2歳上なのだが、 レイヴンとほぼ同期で魔法使いと騎士という職につき、お互いに長を支えるようになってからさらに親しくなった。 レイヴンが心を許せる相手の1人でもある。 「それは済ませてきた。その…俺が個人的な用事があったというか、なんというか…」 「分かった。ちょうど30分の休憩を入れたところだから、少し話そうか」 ウルガーが人気のない中庭を指差したので、素直に着いていく。 木の下で座れと促されたので、素直に隣に腰掛けると、念の為に防音魔法を展開する。 「この何かもやってする感じは、防音魔法をかけたのか。それで、人に聞かれたらマズイ話だった?」 「マズイっていうかなんていうか……ぁー…うん。その、自分のことに関する話なんだけど。 俺、あんまり経験がなくて良く分からないから、ウルガーなら分かるかなと思って」 「経験?何、接近戦でもする予定があるとか?」 「違う違う!その、もっと……あの、さ。俺……最近、変なんだよ」 言いづらそうにしているレイヴンに、何のことやらさっぱり分からないが、とりあえず話を聞こうと、 ウルガーは静かに話の続きを待つ。 「師匠のせいなんだけど、最近師匠に、1人でするのも飽きたーとか言われて……その。性欲処理というか…」 「……は?お前、もしかして…テオドール様に……」 「………何か、成り行きで」 ぼそぼそとお手付きされた宣言をする友人に気付かれないように、ウルガーは憐れみの視線を向けた。 「うわぁー……そんな日が来るかもとは思ってたけど、思ってたより早かったー……」 「え?なんで?」 「……いや、何でとは俺が言いたい。お前危なっかしいし、魔法使いとしては優秀かもしれないけど、 何か抜けてるし、たまに感覚ぶっとんでるから」 「抜けてるって…失礼だな。それに、別に普通なんですけど。ウルガーの言うそんな日が来たら困るはずなのに、俺……触れられると、何か自分じゃなくなる感じがするんだよ。あの人にとってはただの弟子だろ?なのに」 頬を赤らめて、無意識なのか自分の唇へと指先を触れさせるレイヴンに対して、 思わず喉がなりそうになったウルガーは、誘惑を打ち払うように頭を振り声をあげる。 「いや、ここでそんなこと言わなくていいから!大体何となく状況は把握したけどさ。変って何が?」 「いや、だから。最近師匠に触れられると……あぁもう!どうしたらいい?俺、アレか?淫乱ってヤツなのか? 嫌なんだけど!師匠に変な魔法かけられてるとか、そういうことにならないかな?」 魔法以外は見ないフリをしているのか、これすらも計算なのか。 1人で混乱して謎のドツボにハマっているレイヴンの両肩に手を置いて、 話を聞けと言わんばかりにウルガーが視線を合わせる。 「……なぁ、本気で言ってんの?お前、そんなに恋愛方面ダメな子だったっけ?」 「いや、だって。恋愛じゃないし。身体だけの関係とか最悪だろ!そんな、師匠の性癖に付き合わされて…俺、そこまで達観できない。割り切ってとか無理。性欲処理まで、弟子の仕事とか言わないで欲しい。俺は、たまたまその時だけ、 1回だけだと思ったから、色々諦めたのに」 「……はぁ。身体だけの関係だとか、そんなことないと思うけどね、俺は。お前のこと気にかけてるんじゃないか? 色んな意味で。それじゃ、一応聞くけど。お前にとってテオドール様って何?」 「何って……師匠は師匠だよ。魔法に関しては尊敬すべき実力の持ち主だけど、人間的には最低で、めちゃくちゃで常識外で、尊敬できない人だよ。尻拭いも疲れるし、振り回されるコッチの身にもなってほしい」 師匠が師匠なら、弟子も弟子だな。と、ウルガーは色々と思ったことを今は飲み込み。息だけ長く吐き出した。 「何か、面倒臭いことになってるということは理解した。1つ言えるとしたら…… レイヴン、お前が嫌ならちゃんと断った方がいいぞ。いくらテオドール様でも、 本気で嫌がるヤツには何もしないと思う。まぁ、なんていうか。頑張れ」 ウルガーはポンポンとレイヴンの肩を叩き、愚痴ならいつでも聞いてやるから、と。 笑いながら言って、訓練へと戻っていった。 「だよな。俺が意思表示をしないからだよ。師匠だからって、何でもしていい訳じゃないんだから。キッパリと断ろう」 少しだけ心が軽くなったレイヴンは、立ち上がると来た時よりは足取り軽く、王宮を後にした。

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