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20.脅威は遅れてやってくる

帰還したレイヴンたちは、部隊を解散し、休息を取ることとなった。 レイヴンも王宮での報告を済ませた後に、師匠にも報告をしようと執務室へと向かう。 「……怪我したことがバレなければ、たぶん何も言われないはず。神官に治してもらったし、問題ないと思うけど。気になるのは犬笛……」 階段を登りきり、扉を叩いたのだが返答はない。 「俺が戻ってくるのは知っているはずだし、席を外してるだけか。さすがにこの時間から飲みに行くっていうことは……いや、師匠なら普通か」 妙に納得してしまって自然と顰め面になってしまい、溜息を吐いた。 ――――その瞬間 ドクン、と。心臓が嫌な音を立てる。 先程まで全く何ともなかったはずなのに、急に冷や汗が止まらなくなってくる。 「……なっ……こ、の感じ……は……」 寒気が身体全体を覆って、それと同時に呼吸が困難になり息が吸えなくなり、急激に目の前の景色が霞んでくる。 この症状は、毒?と、残る意識で気づき、まだ身につけたままのベルトから解毒薬の瓶を取り出そうとしたが、手が震えていて瓶を握ることができない。 残る意識で何かできることはと、必死に思考を巡らせる。 あの時の……?と。怪我をした時の記憶を思い出し、残る力を振り絞り唇を僅かに震わせたが。 そのまま崩れ落ちるように床へと倒れて、意識を失った。 +++ レイヴンとは入れ違いで王宮へと呼ばれていたテオドールは、レイヴンは自分への報告のために執務室に来ているだろうと予想して、いつもの調子で扉をバンと開けた。 「お疲れさん。何とかやり……」 言いかけたところで、床に倒れているレイヴンに気づき、素早く屈むと身体を抱き起こす。 「おい、レイヴン!!……チッ!」 血の気のない顔と紫色の唇を見て、何かしらの毒の症状であることに気付いたテオドールは、レイヴンのベルトに刺さっていた解毒薬の瓶を抜き取り、コルクの蓋を口で噛み切ると、瓶をレイヴンの口元へと近づけて飲ませようとするが、反応が全く見られない。 舌打ちしながらも自身の口へと含んでレイヴンに口付けると、口移しで無理矢理流し込む。 クタリと力なく抱かれたままのレイヴンの身体は、解毒薬を飲ませても意識が戻る様子がない。テオドールは無言のまま、階段を1階分だけ駆け上がり、自室の扉を蹴破ってテラスへと飛び出ると、レイヴンを抱きかかえたまま塔から飛び降りる。 素早く詠唱すると、身体ごと掻き消え。その姿は神殿の前に急に現れた。 神殿入り口にいた神官が驚く姿も無視し、ズンズンと奥まで進んでいく。 テオドールの魔力(マナ)の突風に巻き込まれてしまった何人かの神官が、吹っ飛ばされて悲鳴をあげながらペシャリと床へと叩きつけられてしまう。 その様子に見向きもせずに、ひたすら奥に向けて歩いていく。 「何事ですか!?」 「いいから、ババアを呼んでこい!緊急事態だ!!」 「ババア!?ババアとは……」 テオドールの鬼の形相と暴走しそうな雰囲気に震えるばかりの神官たちの奥から、騒ぎを聞きつけた老齢の神官が現れる。神官を取り纏める教皇だ。 「テオドール様ですか。何事ですかな?」 「見りゃ分かるだろうが!ババアはどこだって言ってんだよ!」 「……聖女様は今お休みに……」 教皇の言葉が終わるか終わらないかで、さらに神殿の奥へと突き進んでいく。 祭壇の裏へと続く道を飛ぶように早く進むと、バチっと結界に阻まれた。 「……クソうぜぇな」 吐き捨てるように言うと、レイヴンを片手で抱きかかえたまま、結界を素手で思い切り殴りつける。すると、バリン!と割れたような音がして光を放っていた結界がバラバラに破壊されてしまう。 後から息絶え絶えで追ってくる教皇と神官たちの悲鳴を無視し、テオドールは結界の奥にあった扉も乱暴に蹴破った。扉は吹き飛び、中で休んでいた女性が驚いて慌てて立ち上がった。 「なっ……何事!?って、テオドール!!貴方、一体何をして……」 「いいから、早くレイヴンを!」 「レイヴンちゃんがどうしたって言うのよ!!」 「見りゃ分かんだろ!!」 レイヴンを抱きかかえたまま、咆哮を上げているテオドールにも怯まずにババアと呼ばれた女性らしき人物はレイヴンの顔を覗き込んだ。 「……ベッドへ寝かせて!」 事態を察した女性の言葉にテオドールも大人しくレイヴンをベッドへと寝かせる。 女性は自分のベッドへと寝かせたレイヴンに向かって祈りを捧げた。 すると、神々しい光が女性を包みこんでいく。 「聖なる浄化(ホーリー・ピュリファイ)」 光に包まれた女性がレイヴンの額に手を当てると、光がレイヴンの身体の中へとスッと溶け込んでいく。すると、先程までの血の気のなかった顔に、ほんのりとだが色が戻り、口元から静かな呼吸音が聞こえてきた。 「……この子、応急処置で自分から仮死状態になったみたいね。毒がもっと全身に回っていたら危なかったわ」 「……ったく、焦らせるんじゃねぇよ。この馬鹿弟子が……」 優しい手付きでレイヴンの髪を梳いたテオドールの側で、ゆっくりと女性が立ち上がった。 「それで?テオドール。レイヴンちゃんが危険な状態だったことは分かったけど。この壊した扉と、貴方が壊した結界。吹き飛ばした神官たちはどうするつもり?」 「ま、全く……貴方という人は……!!聖女様を、何だと、思っているのですか!」 やっと追いついた教皇と神官たちは、ゼエゼエと肩を揺らしながらテオドールへ苦言を呈する。 「うるせぇな!俺だってババアのとこなんて来たかねぇんだよ!解毒薬で効き目がねぇんだから、仕方がねぇだろうが!!」 「病人の前で吠えるんじゃないわよ!この魔塔のオーガキング!!」 「あぁん?てめぇだってババアどころか本当はジジイじゃねぇか!」 「それ以上吠えるなら部屋から追い出すよ!私だって、アンタみたいな獣と顔を突き合わせたくなんてないんだから!」 一触即発の場面にさらにツッコミづらいワードまで混じっているのだが。 誰も口出しできないまま険悪な空気が流れ、暫しの間の後、先に聖女の方が折れて咳払いをする。 「……扉と結界は今すぐ直して頂戴。それと、レイヴンちゃんが落ち着くまではレイヴンちゃんに免じて私の部屋を貸してあげるから。アンタはそれ以上騒がずに、側にいてあげなさい」 「……わぁったよ。……恩に着る」 「そういうことは最初に言いなさいよ。全く。他にも壊したものは直しておきなさい?」 何か言いたげな教皇たちの背中を押して追いやりながら、聖女はテオドールたちに優しい笑みを残して自室から退出した。 「……ババアに借りができちまったなァ。ったく、どこでやられてきたんだよ……」 適当に出入り口に手を翳し呪文を紡ぐと、扉が壊れる前と同様に復元していく。 室内にあった椅子を適当にベッドの前へと引きずって持ってくると、ドカリと腰をおろす。 目線だけはレイヴンに向けたまま、口元は何種類もの呪文を詠唱して積み重ねていく。 すると、フォン、という音と共に、扉の外で淡い光を放つ結界が掛け直された。 仕事はしたと言わんばかりに、レイヴンの顔をさらに覗き込む。 眠るように目を瞑ったままの弟子を見ながら、長く息を吐き出した。 レイヴンが倒れていた姿を見た瞬間、冷静ではいられなくなってしまった自分自身を振り返り、参ったわ……と頭を掻き毟る。 「ホント、危なっかしいんだよ。お前は」 心臓の音を確かめるように、レイヴンの胸元に頭を寄せると。 テオドールもそのままの体勢で、そのうちに眠ってしまった。

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