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21.騒動の後
重い瞼をゆっくりと開いたレイヴンは、見慣れない天蓋をぼんやりと見つめていたが、視線をずらすと胸元に見慣れた顔があることに気付く。
「……師匠…?」
言った後、張り付いていた喉のせいで軽く咽た。その振動が伝わったのか眠っていたらしいテオドールが、薄めを開けてレイヴンを見た。
「……重いから、どいてください」
「……お前、目が覚めて言う言葉がそれかよ」
「だって、起き上がれな……ゴホッ」
「あー……ちょっと待ってろ。その辺に水が……ほらよ」
珍しく気を利かせてレイヴンの背に腕を当て身体を起こし、コップを差し出すテオドールを訝しげに見ながらも、レイヴンも喉が渇いていたので素直に受け取って、喉を潤していく。
「ここは……?」
「ババアの部屋」
「ババアって……聖女さま!?」
言ってから、レイヴンは再度ゲホゲホと咽ってしまい。落ち着けよ、とテオドールに背中を擦られる。コップをテオドールに預け、改めて話を続ける。
「師匠、もしかして……」
「お前が毒にヤラれてたから解毒薬を飲ませたが、効果が現れなくてな。ババアのとこに連れてきた」
「え……?それで、何で俺が聖女様の寝所にいるのかが分からないんですけど……」
「ババアが自室に籠もってたから、結界を……」
テオドールの恐ろしい発言の一端を聞いてしまい、最後まで聞く前にレイヴンが頭を抱え込んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ…………何してるんですか!!」
「何って、お前を助けるために決まってんだろうが!」
「だからって、聖女様の寝室に殴り込むとか……魔物か!」
「お前、自分でも死にかけてたの分かってただろうが!なりふり構ってる場合か!」
「それとこれとは……あぁ、もう!お礼を言う前に何でツッコミ入れなくちゃいけないんだよ!俺だって、師匠に認められる前に死にたくないし!」
レイヴンも病み上がりのガラガラ声を張り上げて対抗していたが、言った後にテオドールに力強く引き寄せられ、気付いた時には抱きしめられていた。
色々と状況が理解できずに、両目をパチパチとしていたが。なかなか開放してもらえないので、そっとテオドールに声を掛ける。
「あ……あの、師匠……?」
「……ったく。この馬鹿弟子が。で、俺に言うことは?」
「あ……っと。その……師匠、心配をおかけしました……」
「……それと?」
「それと?……え?あぁ……ええと……ありがとう、ございます?」
「よしよし。師匠の偉大さに感謝しろよ?」
トントンと背中をあやすように叩いてから、レイヴンを開放してまたベッドへと寝かしつける。不思議そうな表情をしている弟子の額に手を置いてから、テオドールはニィと笑んだ。
「折角部屋をお借りしたし、もう一眠りしていこうぜ。ヒラヒラしてんのは気に食わねぇが、寝心地良かっただろ?」
「そういう問題じゃ……」
「もう少し寝たら魔塔に戻る。っつーか、俺もまだ眠ぃ」
そう言って大あくびをすると、椅子に座り直したテオドールはベッドに突っ伏してしまう。
本気でもう一眠りしそうな師匠を見ていると、レイヴンも柔らかなベッドの感触に負けて眠くなってくる。
「……おやすみなさい、師匠」
微笑して、この状況に心から安堵すると、ゆっくりと目を閉じた。
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「聖女様、この度は何とお礼を言えばいいのか……」
「顔色も良くなって、もう大丈夫そうね」
次の日、治療だけではなく自室を明け渡し自分を休ませてくれた聖女の心遣いに心から御礼の意を示しているレイヴンの隣には、面倒臭そうなテオドールがふてぶてしく立ち尽くしていた。
聖女の微笑みは万人を癒やすとも人々に讃えられており、金糸の様な美しい髪は、テオドールと同じ色だとは思えないほど透き通っていて美しい。この美しさはきっと心の美しさなのだろうと、レイヴンは常々思っていた。
それと比べてこの師匠の態度は……と。呆れて溜息を吐く。
「ほら、師匠も!」
「俺はもう言ったからいいんだよ、面倒臭ぇな」
「この人に何を言っても私達が疲れるだけだから。それよりも……私のことは名前で呼んでいいって言ったのに。ほら、呼んでみて?」
ニコニコと笑顔を向けられてしまうと、断りづらくなってしまったレイヴンが、視線を彷徨わせてから遠慮がちに小声で、クロード様。と名前を呼ぶ。
「お前、何でそっちの名前呼ばせてるんだよ」
「いいのいいの。クローディアンヌは元々姉さまの名前だし。貴方たちの前では、私は私でいたいから」
クロードは一瞬だけ寂しそうな顔をするが、すぐに先程の笑顔に戻る。
聖女とは役職名であり、クロードの性別は男性なのだが、クロードとクローディアンヌは元々双子で、姉が初めに女神からの祝福を受けたのだが、姉は身体が弱かった為に幼い頃に亡くなってしまった。だが、祝福を受けた者がすぐに亡くなるのは体裁が悪いと、弟が亡くなったということになっている。正確には姉が亡くなる前に女神の力をクロードへと託し、正式な聖女となったのだった。
そのため、クロードは正式な場では姉の名を名乗り、男性ではなく女性として振る舞っている。
「俺がわざわざババアって呼んでやってんだろうが。親しみを込めてな」
「師匠!それは呼び名ではなく、ただの悪口ですから!」
「いつも本当に仲良しね、貴方たちは……まぁいいわ。そうだ、貴方たちにお願いがあるのよ。勿論、聞いて下さるのよね?」
聖女の完璧すぎる微笑みに、2人は拒否の言葉を口にすることはできず。
耳を傾けると、お願いとは今度の祭典の手伝いをするという話で、テオドールも渋々ながら承諾する。
「レイヴンちゃんは後日打ち合わせがあるから神殿に来て頂戴。テオドールには……あまり期待していないけれど、約束は破らないと信じているわ」
「はい、では今日はこれで失礼します。聖女様、本当にありがとうございました」
「いちいち面倒なんだよ……ったく。おい、帰るぞ。かたっくるしい神殿にいると息が詰まるんだよ」
「テオドールはミネルファリア様に愛されてないのかしらね。オーガだし。では、お2人の進む道に女神の御加護があらんことを」
聖女に見送られ、レイヴンは一礼して、テオドールは舌打ちしてからその場を後にする。
今度は静かに長い廊下を歩き、神殿側へと戻ると、テオドールが迷惑をかけてしまった神官たちにレイヴンが頭を下げながら、出口へと向かう。
「もう少し穏便にできなかったんですか……全く、師匠は……」
「お小言は俺の部屋でじっくりと聞いてやるからよ?討伐の報告、受けてねぇし」
「それは、まあそうですけど……」
ニッと笑いかけると、歩くことすら面倒だったのか。テオドールはレイヴンの腕を掴むと有無を言わさず素早く詠唱して、来た時と同じ様にその場から掻き消えた。
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