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29.暗躍する影

国王に呼ばれていたテオドールは、レイヴンと別れた後に庭でティータイムを過ごしている王の元へと参上した。 「茶を飲みながら話すような内容か……ですか?」 「いつも通りで構わないぞ、テオドール。ここにいるのは私と侍女だけだ。――この茶を淹れたら、少し下がっていてくれ」 「……畏まりました」 侍女を下がらせると、座れと視線でテオドールを促してくる。王の前でもふてぶてしい態度は隠さずに、ドカリと椅子に腰掛けて足を組む。 「皆を下がらせておいて正解だったな。お前に噛みつきそうだ」 「束でかかってきてもらっても構わねぇが、護衛の騎士程度はどうにでもできるしな」 「頼むから刺激しないでくれ。それはそうと、レイヴンの様子は?」 「バ……聖女さんに治療してもらったし、様子を見ていたが後遺症の兆候もないな。気付いた時には手遅れになる遅効性の毒物だったんだろうよ」 カップを傾け、難しい顔をしている国王に少々真面目な表情を向ける。 この先は他に聞かせないつもりで、無言で防音魔法を展開した。 「正直、内部の裏切りも十分あり得ると言わざるを得ない。先の報告通りの魔物使いが絡んでいるとして。何の為にそんなことをしたのか、という訳だが」 「……討伐に赴いた者を殺害しようとしたと、そう言いたいのか」 「あぁ。今回はレイヴンだったが、レイヴンもしくはウルガーを狙うのが効率がいいだろう?ただ、俺の勘が正しければ。牙や爪に毒を仕込んでいるとするならば、鎧を着ている騎士より、魔法使いが狙いだった可能性が高い。となると、ほぼほぼレイヴン狙いだ」 テオドールの声色が食えないいつもの調子ではなく、低く威圧的なものに切り替わる。 国王も事態の重さ故に厳しい顔つきになり、苦々しく言葉を零す。 「……暗殺依頼、か」 「だろうな。それ以外にも目的はあるのかもしれねぇが、今回に関しては狙ったんだろうよ。これまでは魔物と討伐の様子見で、今回は本格的に動いた、と言ったところだろう」 「つまり、私を引きずり降ろそうとしている者たちの仕業か?」 「それもあるかもしれねぇが、魔塔にも俺やレイヴンを気に食わねぇってヤツはゴロゴロいるしな。俺らへの恨みなのか、陛下への恨みなのかは分からねぇが。どっちにしても気に食わないやり方なのは間違いないがな」 国王の前でも舌打ちするテオドールに、国王も額に手を当て息を吐き出す。 「テオドール……レイヴンがやられたからといって、独断で処分する気か?」 「俺のモノに手を出した代償は払ってもらわねぇとなぁ?必要な情報は引き出すが、その後はどうなろうと知ったこっちゃねぇ」 「……全く、1番面倒な者を刺激してくれたな。致し方あるまい。私としても内通者は炙り出さねばならない。こちらでも十分に調査を進めていくとしよう」 テオドールの暴走を食い止めているのは、レイヴンやディートリッヒなどの親しい者たちなのは国王も重々承知していた。ただ、使い方さえ間違えなければ、最高の武器にも守る盾にもなる力を持っている事実もあるために、国王も時には、目を瞑る選択を強いられる。 「……陛下はお優しいことで。俺が言うのも何だが、王としてそれでいいのか?」 「私は平和主義だからな。また誰かさんに怒られてしまいそうだが、国王は臣下の責を背負う者でもあるし、今は止める時ではないと考えたまでだ」 「ま、悪いようにはしねぇよ。――――背後にいる者を炙り出せたその時は、私自らがその者の首を陛下に差し出しましょう」 最後だけ尤もらしく告げ、席を立って丁寧な礼をすると、テオドールは話は終わったとばかりに背を向けてその場から去っていった。 庭から廊下へと戻る道筋で、眼鏡を掛けた真面目そうな男性とすれ違うが、彼はあからさまな敵意を込めた視線を向けてくる。いつもの事だとテオドールは気にした風もなく、ヒラと手を振って食えない表情で返して通り過ぎていく。 「……陛下、またテオドールに何か言われたのですか?」 「それこそ、いつものことだろう。今回の件はテオドールの逆鱗に触れたのだから、これでも静かに済んでいる方ではないか」 「また陛下はそのような……。アレを付け上がらせては王の威厳に関わると何度も申し上げているではありませんか」 「分かっている。だが、私が今いるのも。テオドールの力があってこそなのだ。時には我儘も聞いてやるくらいの器量がなければな」 溜息混じりに額を抑えているのは、宰相であるアスシオだ。 国王を支える1人であり、内務を取り仕切り、国の政を国王と共に行う職についている。 「納得はできませんが、陛下の御心のままに」 「それでこそ我が右腕だ。さて、私も戻るとしよう」 +++ ――――一方その頃。 人も近づかない薄暗い裏路地。そこでフードを目深に被った者たちが何やら揉めている。 辺りには魔法具で軽めの認識妨害がされているが、防音結界までは張られてはいない。 「報酬は十分に払ったはずだ!なのに、アイツは生きているじゃないか!話が違う!」 「元々、我が作品のお披露目をしただけで。暗殺だの何だのはお前が勝手に言ったことではないか。確かに作品たちには猛毒を仕込んでいるとは言ったが」 「何だと!?そんな話は聞いていないぞ!私は、アンタらなら金さえ払えば人殺しもすると言うから大金をはたいたというのに。このままでは、私の立場がマズくなるどころか。バレたらあのオーガに殺されかねない!どうしてくれる!!」 影の1人がクッと笑う。その態度に益々声を張り上げるが、誰かに聞かれてはマズイことを思い出し一旦口を噤む。 「作品の動き方によっては、死人も出るかもしれないとは言ったな。こちらとしても、試作品たちは無残な姿にされて非常に残念だ。しかも、サンプルまで持っていかれて困ったものだよ。思った以上のリスクに逆に金を貰いたいくらいだ。こんな金額じゃ、商売上がったりなのでな」 「ぐ……どちらにせよ、私にはもう後がない。何とか陛下に頼み込むくらいしか……」 「……フン。話は終わったか?ならばもう会うこともないな。私はまだやることが山積みなのだ。金がないなら話をする価値もない」 影は去り際に一度振り返る。 「……私も自分の命は惜しいのでな?ま、お前は手遅れだろうがな」 立ち竦む影を残し、嘲笑と共に暗がりへと消えていった。

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