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35.弟子の誘惑

「……こんばんは、テオドール様。今、帰りですか?」 なるべく笑顔で冷静に、と。内心最悪のタイミングだと確信しながらウルガーが先に挨拶をする。 「そこの馬鹿弟子が夜遊びしすぎるなと、最近特に煩くてなあ……で、その馬鹿弟子は、何でお前におぶられてるんだろうなあ?」 「何ででしょうねー?俺は食事に誘っただけ、なんですけどねぇー」 引きつった笑顔だろうが、俺に深い意図はありませんと必死のアピールをするウルガーだったが、ニヤニヤ顔のテオドールはいつもより深みのある笑顔に見えて背筋に一筋の汗が流れる。 「それはそれは。随分と仲良しでいいじゃねぇか。俺の弟子が世話になったみたいで、悪いなァ?」 「いえいえ。そんなことは。これも、騎士の務め、ですから」 「ほう?騎士の務めねぇ……。それはご苦労だな?遅くまで馬鹿弟子に付き合ってくれてありがとうとでも言っておけばいいか?それとも、こんなになるまで飲ませやがって。俺のレイヴンに触るんじゃねぇよ、とか言えばいいか?」 「……ぜひ前者でお願いします。では、俺はこれで……」 テオドールが両手を広げたので、レイヴンを腕に落としてそのまま立ち去ろうとすると、待てよ、と声が掛かる。 「……何でしょうか?」 「ウルガー。お前、今度レイヴンに怪我を負わせるようなヘマしたら……どうなるか分かってんだろうなぁ?」 魔力(マナ)のプレッシャーに息が詰まる。ウルガーは何とか言葉を紡ごうと口を開く。 「俺が未熟であることは認めます。テオドール様の迅速な対応がなければ、今日レイヴンと話すこともできなかったかもしれません。自分自身の不甲斐なさに怒りをぶつけて、団長にも一発食らいましたし」 「ディーが、ねぇ。アイツもアイツで思うところがあった訳か。お前は騎士の中ではマシな方だし、そのお前でも不意をつかれるんじゃあな。よく調教された魔獣だったんだろうよ」 「団長もレイヴンのことを可愛がっていますので、自分以上に憤っていましたよ」 「アイツも大概だよなぁ。俺より過保護なんだよ、ジジイが孫を可愛がってんのかっていう感じだろ?あのゴツさで気持ち悪いんだよ」 飄々と悪態を言い放つと、大人しく魔力(マナ)を引っ込める。ウルガーは何とか息を吐き出し苦笑し、これでも機嫌を直してくれたのだろうかと内心安堵する。 「それと、先程レイヴンにも仮ですが騎士の誓いを立てました。これからもレイヴンの良き友人として、同じく長を補佐する立場の者として、切磋琢磨していきたいと思っています」 「……まぁ、いいんじゃねぇの?騎士様にせいぜい守ってもらわねぇとな。期待してるぜ?副団長さんよ」 「寛大なご配慮に感謝申し上げます」 仰々しい騎士の振る舞いに、テオドールも顎で了を示し、一瞬だけ鋭い視線を向ける。 「――――安心しろ、俺もこの落とし前はつける。……それと、良き友人っていうところ。忘れんなよ?」 「この師匠あって、この弟子アリ、ですか?勘弁してくださいよ……。お互いにこじらせすぎないでもらっていいですか?あぁ……死ぬかと思った。では、おやすみなさい」 ウルガーは今度こそ足早に去っていく。テオドールもレイヴンを姫抱きにしながら、図々しいヤツ……と、自分のことはさておき、口元に笑みを浮かべて呟く。 「んー……この威圧的な魔力(マナ)は……師匠?何してるんですか?」 ウルガーとの会話が終わると、うとうとしていたレイヴンが魔力(マナ)に当てられて目を覚ます。 「何してるのかは俺の台詞だ。人が早々に引き上げてきたら、お前が夜遊びしてるじゃねぇか」 「師匠と一緒にしないでくださいー。俺は、ウルガーと、真面目な話をしてたんですから。あー……もしかして師匠、俺に触れたくて耐えられなかった?」 ふわ、と微笑むと、手を伸ばしてテオドールの頬に触れる。酒の力も相まって普段よりも棘がない姿は、素直で可愛いを通り越して蠱惑的で、テオドールを刺激するには十分だった。 「……チッ。なんつー顔してんだよ。お前は天然エロか?無意識で俺を誘惑してんのかよ」 指先を食んでも微笑むばかりで、逆にテオドールの唇を指先でなぞる。 「天然エロって……聞いたことないですけど?俺は天然じゃないし。ねぇ、師匠?」 「随分とご機嫌じゃねぇか。そんなにウルガーと飯食って楽しかったのか?」 「楽しいですよー。師匠と違って?もしかして、嫉妬してます?」 クスクスと笑いながらテオドールの腕の中で甘えて頬を擦り寄せる。 「嫉妬だぁ?する必要あるか?お前は俺のモノだろうが」 「モノ扱いしないでくださいー。でも、師匠が可哀想だから……俺が構ってあげる」 首に両手を回してテオドールにギュッと抱きつく。ひと撫でしてレイヴンを抱え直すと額に唇を落とす。 「可哀想な師匠をどうやって構ってくれるんだ?勿論、俺を喜ばせてくれるんだろうな?」 「どうしようかな……どうして欲しいですか?」 「そうだなぁ……いつもの、頼むわ」 「いつもの?ふふ……お好きですね。いいですよ?俺もできるってところを見せてあげますから」 ニヤと笑ったテオドールは、気が変わる前にと二言三言の詠唱と共に自室へと飛ぶ。

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