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39.聖女と補佐官
珍しく先に目が覚めたテオドールは、自分の側でぐっすりと眠っているレイヴンを見ながら、今日の予定のことを思い出す。
このまま腕の中に閉じ込めておくのも悪くないが、後で各所から文句を言われるのも面倒なので頬をつついて起こすことにする。
「おーい、レイちゃん?寝てても俺は構わねぇけどよ。今日は衣装合わせがどうの、とか言ってただろ?」
「ぅ……やっぱ、頭痛い……え…あ、師匠……?」
ニッと笑うと挨拶代わりのキスを落とす。
寝起きの不意打ちに瞬きだけするが、近距離と昨日のことを思い出してレイヴンも慌てて起き上がる。
「お、おはようございます……そうだ、今日は神殿に行かないと……」
額を押さえているレイヴンを可笑しそうに見上げていたが、テオドールも起き出すと、素っ裸のまま薬瓶の並ぶ棚へとズンズン歩きだす。
「ちょ、ちょっと師匠!何か羽織ってください!」
慌てたレイヴンも床に落としたままの自分のローブを被り、テオドールのガウンを見つけると後を追って後ろから無理矢理に引っかけた。
「自分の部屋なんだから、どうだっていいだろ。裸なんて、散々見てるじゃねぇか」
「それはそれ、これはこれです!あぁ、もう。頭に響く……」
そんなに飲んだ覚えもないのだが、記憶も曖昧だし、この状況だし……と、レイヴンが自分の行為に猛省していると目の前に薬瓶が突き出される。
「ほらよ。俺が調合した二日酔いに効く素晴らしい薬だ。分けてやるから飲んでけ」
「……すっごく不本意ですけど、背に腹は代えられないので。いただきます。が、副作用とかないでしょうね、コレ……」
テオドールの相変わらずのニヤニヤ顔に不安しかないが、神殿にこの体たらくで行くのはマズイと思い、コルクの蓋を外して一気に飲み干す。
「……意外と味も爽やかで悪くない。師匠がまともなものを作るだなんて、信じられません。二日酔いの薬ってところが微妙ですけど」
「あのなぁ。俺のこと何だと思ってんだよ……魔塔主様ならできて当然だろうが。ほら、飲んだら身支度して行ってこい」
「はい。その……いえ、なんでもないです。行ってきます」
「俺も残念ながら執務室でやることがあるから、後で報告しにこい。ババアのことだから、俺にも何かやらせようと企んでるだろ」
いつもの口調に、またそういうこと言う…と、小言だけ残してレイヴンも退室して準備に戻った。
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早足で神殿に向かうと、レイヴンに気付いた神官に案内され神殿奥の一室へと通された。
「レイヴンちゃん、こちらにどうぞ。今、衣装合わせをしているところなの。貴方にはこれを着てもらおうと思って」
微笑みを湛えた聖女クローディアンヌが振り返り、レイヴンを招き入れる。
「……本当に俺でいいのでしょうか?祭典の重要な役回りと伺いましたが、私ではなく神官の方々が行うべきではないでしょうか」
「神官ちゃんたちは神官ちゃんたちで役割があるから、問題ないわ。それにね、女神の舞には美しい従者が必須なの。レイヴンちゃんの美貌が必要不可欠なのよ」
「聖女様がそうおっしゃられるのならば。その、衣装というのは……」
聖女の手には白く美しい生地が握られており、所謂一般的に神が描かれる時に纏うような薄いローブのようなものだ。片方だけ肩にかけるタイプで、服自体の丈も膝丈な分、身体の露出も目立つ。子どもの天使が身に付けそうなデザインに、レイヴンも困惑する。
「きっと似合うと思うわ。レイヴンちゃんは普段地味でしょう?絶対に白が映えるはずよ」
「その、黒髪の私だとかなり浮く気がするのですが……」
「私は黒髪で良いと言ったのだけれど、教皇がブロンドこそが神に遣える者だって言い張るのよね。もう、拘りが強いから」
「黒髪は不吉だと言われていますから。仕方ありませんよ。いつも言われていることですから、気にしてません」
神官たちにもあまり歓迎されていないのは分かっているし、髪の色のせいで昔は冷遇されていたこともあった。
「色で差別するなど、あってはならないことです。貴方もそう思うでしょう?」
1人の神官に聖女が話を振ると、慌てたようにその通りです、と同意する。よろしい、と頷いた聖女が、レイヴンの衣装合わせを始めようと指示出しを始める。気づけばいつものローブを脱がされ、白の布地を纏っていた。
「とても落ち着かないのですが……」
「想像通りね。肌も綺麗で白くて透明感があるし、本当に男の子にしておくのが勿体ないわ。これで、準備したウィッグを被せると……」
肩口に切り揃えられたブロンドのウィッグを被った自分を鏡を通して見ていると、全く別人に見えてくるから不思議だ。元々美しい聖女の隣に立つと、確かに仕えている従者に見えなくもない。神官もその出来栄えに、ほぅ、と感嘆の息を漏らす。
「やっぱり、良く似合うわね。可愛いわ」
「……最早、誰だか分からないほど原型も留めていませんが。聖女様のお役に立てるなら」
「後は儀式の時に、私に神具を渡してくれればいいだけだから。大丈夫よ。衣装はこれでいいわ。仕上げて頂戴。……その前に。もう!可愛いわね、レイヴンちゃん」
聖女は笑顔でレイヴンを抱きしめる。抵抗できるはずもなく、なされるがままに大人しくしていると、やんわり開放された。
「邪魔者がいなくて良かったわ。あと、テオドールには裏方として魔法で祭典を支えてもらおうかと思っているの。この書類に目を通しておくようにって伝えて」
「畏まりました。必ず伝えて責任を持って読ませますのでご安心ください」
「そう言ってもらえると安心だわ。では、本番もよろしくね」
衣装を脱いで、祭典の流れについて簡単な打ち合わせだけしていく。
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