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40.魔塔主として

一方その頃―――― 珍しく真面目に机に向かって書き物をしていたテオドールの元に窓から鷲が侵入し、テオドールの肩へと止まる。 「何だよ、お前は相変わらず図々しいな。頼んだ仕事をしてきたってか?」 鷲の足には魔道具が括り付けられている。映像を記録する魔道具で、認識妨害をかけていた鷲の姿を見破るにはテオドール以上の魔力(マナ)を持っていなければならない。そのため、映像を撮るにも余程の相手ではない限り苦労することはなかった。 「……分かりやすいんだよ。あの野郎、どう料理してやろうか」 この映像自体は証拠として撮っておいたものだったのだが、監視していた相手はあっさりと正体を現し、この上ない裏切りの証拠となった。疑いが確信に変わり、沸々と苛立ちが増していく。溢れた魔力(マナ)に驚いた鷲が、テオドールから離れていって窓の外へと飛び出ていった。 「これを渡せば後はどうとでもなるだろ。――――俺は俺の始末をつけるだけだ」 手元の魔道具を懐へと仕舞い、外出用の黒のマントを羽織ると部屋を出る。撮影された映像が正しければ、今日もターゲットは外出するはずだ。 +++ ターゲットには元々面倒なお使いを頼んでいたのだが、その通り沿いに厄介なギルドが存在している。ギルドとは民間で仕事を斡旋する施設で、中には国の公認のものもあるがそのほとんどが暗黙のルールで様々な者が利用する施設となっている。 この通りは裏通りで昼間でも人通りが少なく、ある1件の武器屋には裏の顔がある。ギルドの中でも裏稼業を専門としている、暗殺ギルドの窓口の1つだ。街の住民が利用することはまずないが、貴族の中では有名なギルドであり王族ですら利用することがあるとも言われている。 「念のため監視しておいて正解だったな。本命の方は姿をくらましたみてぇだが……俺の目の届くところに来るほど馬鹿ではなかったらしいな。認識妨害で顔までは判別できなかったが……今度会ったらタダじゃおかねぇ」 ターゲットは焦って、用意した罠へとあっさりと食いついた。その気配はお使いを放棄して暗殺ギルドのある武器屋へと迷うことなく向かっている。テオドールはその人物に追いつくと、背後から声を掛けた。 「……よう。俺は武器を買ってこいと言った覚えはねぇが、こんなところで何してんだ?」 「ヒィっ!?……お、驚かせないで頂きたいですな、テオドール様。少々、道に迷っただけですよ。テオドール様こそどうしてこちらに?」 「どうしてだァ?お前が良く分かってるんじゃねぇの?ヨウアル」 テオドールの発する鋭い魔力(マナ)は容赦なく突き刺さる。息苦しくなったヨウアルが咳込んで恐る恐るテオドールを見上げる。 「な、何のことでしょうか。ご心配なさらずとも、用事を済ませて戻りますので。どうか、落ち着いて……」 「まぁ、そうだよな。しらを切らねぇとお前の命が危ないってか?」 テオドールは威圧的な態度を崩さずに、呪文を紡ぎ出していく。すると、辺りの風景がセピア色になり2人のいる空間だけが逆に切り取られたかのように鮮明になる。 「こ、これは、一体……」 「認識妨害と防音の掛け合わせみたいなもんだな。空間を切り取ってあるから、誰も俺たちがココにいることに気づかない」 「何故、私が閉じ込められているのか分かりませんが……」 「コッチが優しくしてやればつけあがりやがって。証拠はあがってんだよ、馬鹿が」 テオドールが手のひらを返すと魔道具がフッと現れ、怪しい男との会話シーンが空間に映し出される。一方は黒い影のようなフードの男、もう一方はフードを目深に被った男だ。顔は判別つきづらいが、話している声は完全にヨウアルのものだった。 「そ、それは……そんな、何故!!?」 「証拠ってヤツだな。これでも言い逃れする気か?」 「わ、私も命令されて逆らえなかったのです。どうか、どうか、御慈悲を!!」 跪いてテオドールの足に纏わりつくが、容赦なく蹴り飛ばし腹を押さえて蹲っているのを上から冷たく見下ろして唾を吐く。 「こうなることは分かっていて実行したんだろう?ならば、それ相応の報いを受けて当然だよなァ。なんせ、俺の可愛い弟子が死にかけたんだからな」 口調は辛うじていつもの口調を保っているが、声色も魔力(マナ)も、鋭さを増してヨウアルを追い詰めていく。 「が…ッ、た、たすけ……」 「――――誰も来ないって、言っただろう?安心しろ、簡単にはヤらねぇよ。同じように苦しみながら死んでいけ。陛下のお許しもあるから存分に処分してやろう」 魔道具を元の位置へと転送すると、ヨウアルに向けて手のひらを向ける。魔力(マナ)のプレッシャーで身動きが取れず、呼吸もままならず、青い顔で震える反逆者に向けて、容赦なく魔法を浴びせかける。 「――――凍れ(フリーズ)」 基礎魔法とはいえ、魔塔主が放てば威力は普通の魔法使いとは比べ物にならない。ビキ、ビキ、と音を立て、じっくりと獲物を捉えるように下半身から身体が凍っていく。その勢いは相手の恐怖を煽るように、じわりじわりとスローペースで身体を侵食する。

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