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42.甘えたがりな師匠
聖女との打ち合わせを終えたレイヴンは、聖女から預かった祭典の書類をテオドールに渡そうと魔塔主の執務室へと向かっていた。
「真面目に読んでくれるといいけど、師匠だしなぁ……」
一抹の不安を抱えながら、執務室に辿り着いて扉を叩くが返事がない。
「書類仕事が珍しく捗ったとか?流石に自室にはいるはずだけど」
さらに階段を昇り、テオドールの自室前までやってくると部屋の明かりが漏れているのが分かる。
「師匠、戻りました。開けますよ?」
「……おう」
短い返答を確認してから室内へと入る。中にはソファーに座るテオドールの姿があった。風呂上がりらしく、ガウンを羽織っただけの姿で煙草を吹かしている。
「……風呂上がりに吸ってたらまた臭いが付くのに。しかも結構吸ってません?煙いなぁもう……」
顔を顰めて煙を退かすように手を振るが、テオドールは気を遣う訳でもなく煙を燻らせる。
「伝えることもありますし、煙草を一度消してくれませんか?喋りづらいので」
「相変わらず、固いよなぁー。レイちゃんは。報告はココで聞くから、コッチ来い」
「はぁ……。真面目に聞いて下さいよ?」
諦めたレイヴンが大人しくソファーの側まで歩み寄ると、手を引いて隣に座らせる。
「そんなに引っ張らなくても座りますよ。それと聖女様から預かった書類がありますので、しっかりと目を通してくださいね」
「そこに置いとけ」
顎で側の机を指し示す姿にジト目を向けるが、見るから。と一言だけ言ってテオドールも煙草を灰皿に押し付ける。
「今日は衣装合わせと本番の祭儀の打ち合わせをしてきました。俺は聖女様の補佐をしますので……」
レイヴンの報告を聞きながら、書類にも軽く目を通しているテオドールだったが飽きてしまったのか書類を机の上へと置き直し、また煙草に手を伸ばそうとしている。
「ちょっと、師匠!聞いてますか?そして、師匠は裏方ですからタイミングが大事ですからね?適当にやらないでくださいよ?」
煙草をもぎ取り、箱へと押し込むとテオドールが不満そうな顔を向けレイヴンの膝に頭を乗せてくる。急な重みに文句を言おうとしたのだが、やたらと静かなことに気が付き顔を覗き込む。
「師匠……?何か静かですけど、具合でも悪いんですか?煙草は……いつも吸いすぎてるし、関係なさそうですけど」
「ぁー……なぁ、髪の毛乾いてるか?」
「え?あぁ……ちょっと濡れてる感じしますけど……」
「じゃあ、このまま乾かしてくれよ。魔法でちょちょいと」
人使いが荒いのはいつものことなので、溜め息混じりで呪文を紡ぐ。
ふわ、と柔らかい温風を手のひらから出して、髪の毛を梳くように撫でていく。
「……熱くないですか?」
「あぁ。大丈夫だ」
「面倒なら髪の毛切ってもいいと思いますけど……」
「切るのも面倒なんだよなぁ。それに、レイちゃんが乾かしてくれればいいし?」
テオドールは、ニィと笑って軽く目を瞑る。大人しくしていれば面倒ではないので、そのまま暫く温風を当てていく。
「やっぱり聖女様とは違いますよね。師匠の髪の方が何か強い感じというか」
「……ババアと比べるなよ。お前も黒髪の癖にツヤツヤしやがって。撫で心地は悪くねぇがな」
「そうですか?あんまり気にしたことないですけど……」
伸びてきた手が自分の髪を触り、柔らかく梳いていく。何故か髪の毛を梳き合っている状況にクスと笑みが溢れる。
「何してるんですか?俺は別に髪の毛濡れてないですよ?」
「あぁ……そうだな。でも、お前に触れてるとアレだ。癒やし効果?だったか。ソレがあるって言うじゃねぇか」
「そう言って下さる方もいますけど、そんなことはないと思いますよ?というか、男に癒やしを求められても……神官でもありませんし……」
「まぁまぁ。たまにはいいじゃねぇか。何かそういう気分なんだよ」
妙なことを言うテオドールを不思議に思い、逆にペースを崩されているような気がするが、言われたことを済ませてしまおうと髪の毛を乾かし終えることに専念する。
「師匠、終わりましたよ」
「よしよし」
終わったのにも関わらず起きようとしないテオドールを不審に思い、師匠?と声を掛けるが反応がどうも鈍い。
「……何か眠くなってきたわ。レイちゃんの膝枕で一眠りするかぁ」
「え?冗談ですよね……?って。本当にうとうとしてるし……俺、このまま動けないってことですよね。今日はどうしたって言うんですか。何か、変ですよ?」
「そうかぁ?別に、たまには俺が甘えたっていいだろうよ。いつも甘やかしてやってるし」
「それは……まぁ、そういう時もありましたね。よく分からないですけど……真面目に仕事するなら、いいですよ。眠るまではこのままでも」
あまりそういうことを口に出さない人なので、珍しいとは思ったが気まぐれなのだろうと。レイヴンも諦めて膝を貸すことにしてソファーに寄り掛かる。
「お優しいねぇー。さすが俺の可愛い弟子。じゃあお言葉に甘えて?」
「俺は師匠思いですからね。おやすみなさい、師匠」
何となくテオドールの髪を梳いていると、そのうちに寝息が聞こえてくる。普段は自分の方が先に眠っていることが多いので、寝顔を見る方が少ない気がする。
「本当に寝てる……。どうしたんだろう?珍しく静かな感じだったけど……」
穏やかな寝顔を暫く眺めていたが、動けないとテオドール用の書類を読むくらいしかやることがなく、そのうちに自分も眠くなってしまってソファーに寄りかかり眠ってしまった。
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