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49.弟子の手料理
自室のテラスへと飛ばされ、またですか!とテオドールに文句を言ったところで、頭にポンと手を乗せられる。
「疲れたし腹減ったんだよ。俺は酒持ってくるから、レイちゃんは先に支度していいぞ」
「……まあ、晩酌なら仕方ありません。分かりました。行ってらっしゃい、テオ」
2人でいるときは名前で呼ぶことも多くなったレイヴンが許可を出すと、ニィと笑ったテオドールが頭を撫でてから、上のテラスへと飛ぶ。
「……あの人には空間という概念すらなさそうで怖い。まぁ……放っておこう」
息を吐いてテオドールを見送り、ローブを脱いで楽な部屋着へと着替えてしまう。その後しっかりと手を洗うと、テーブルの上へと置いたカゴの中からもらった品々を順に出して並べていく。
「やっぱり、これだけでご飯が作れる量、だよなぁ……」
改めて苦笑してから野菜を手にとって野菜を切り始める頃になると、酒とグラスを持ってきたテオドールが部屋へと戻ってきた。
「なんだよ、折角なら裸エプロンとかしてくれりゃいいオカズになるのにな」
「何を言ってるんですか、このオッサンは……もしかして誰かにやらせたことあるんですか?」
「金積まないとダメだって断られたことはあるな」
「見たならいいじゃないですか、どうせお金払ったんでしょう?」
チラとだけ振り返り蔑む目線だけ合わせてから作業に戻るが、いつの間にか背後にやってきたテオドールが邪魔をするように腰に腕を回して軽く抱きついた。
「なんだ?見てたらマズイのか?」
「いや、事実を言ったまでですけど?どうせ外泊してる時にしてたんだろうなと思いまして。というか、邪魔なので離れてくれませんか?」
「嫌だね。先に飲んでてもいいけどよ、料理をしている可愛い子には手を出さねぇといけないだろ?」
「言っている意味が分からないです。邪魔しないで、せめて手伝ってくださいよ。次、肉切らないと……」
レイヴンが手を伸ばそうとしたところを遮って、片手で腰を掴んだまま器用に肉に手を伸ばす。すると、ふわふわと肉が宙を飛んでレイヴンの目の前で着地した。
「手伝ったぞ」
「はい、ありがとうございます。でも、日常生活の全てを魔法に頼るとダメ人間になりますよ?……って、もう底辺だったから関係なかったですね、失礼しました」
「お前が手伝えって言ったんじゃねぇか。相変わらず口が減らねぇな?魔法でできないこともあるだろ、そもそも美味い料理が目の前にすぐ出てくれば楽なのによ」
「師匠は万能だからいいじゃないですか。これで酒も魔法で作れるようになったら大変なことになりますよね」
テオドールにまとわりつかれたまま、レイヴンも仕方なく調理を進めていく。
火を付けるのは魔法が使えると本当に楽で、普通は薪を焚べて火を起こして、という作業をしなくてはならないのだが、街中ではたまに頼まれることもあるくらいだった。何も言わずとも、鍋を置いた段階でテオドールがさっと火を付ける。
「誰か美味い酒の作り方を教えてくれねぇかな。安酒じゃなくてよ」
「もしいたら、真っ先に箝口令を敷きますね。陛下に直談判します」
「ひでぇ奴。まぁ、いいや。しっかし、この体勢でお前も淡々と作るわな」
「とても動きづらいですけど、離してくれないなら仕方ないでしょう?まぁ、ずっと邪魔しているだけじゃなくて、手伝ってくれてますし」
鍋が温まったところでバターを入れ、順に具材を炒めていく。次第に良い香りがしてくると、テオドールが後から鍋を覗き込む。
「これは腹減る匂いだな。炒めたら暫くは時間がかかるんだよな」
「そうですね。そろそろ座って晩酌を始めたらどうですか?俺も煮込むところまで来たら一旦座りますから」
「珍しく親切だな。じゃあそうするか。なぁ、アテは何かあるんだよな?」
「それこそ、チーズくらいしかないですけど。あ、頂いたパンに乗せたら美味しいかもしれない……師匠、パンを切るので軽く焼いといてください」
結局テオドールを便利使いしようとするレイヴンに言い返そうとも思ったが、何やら張り切る様子が微笑ましいので、しょうがねぇなぁ、と一言だけ返す。
「女神様パンですって。カリッとしているパンだから、食べやすそうです。シチューの時の分もあるので、お酒と一緒に全部食べちゃダメですよ」
「分かった分かった。そんなに最初から飛ばして飲んだり食ったりしねぇよ」
薄くスライスされたパンが皿の上に並ぶと、テオドールがその場で火力を調整してさっと炙る。いい具合に焼かれたパンの上にレイヴンがチーズを乗せていく。
「簡単だけど、別々に食べるより美味しいと思いますよ?どうぞ、先に食べてください」
「よくありそうだが、いちいち焼くのが面倒だから酒場では出ない代物だな」
レイヴンが鍋の前に戻ると、酒をグラスに注いだテオドールがひょいと摘んでトーストを口に運ぶ。
「お、これは結構イケる。酒が進むなァ」
「メインを食べる前に飲み過ぎないでくださいね。こっちも、仕上げまではもう少しかかるので……」
鍋に蓋をしてテオドールの側まで戻ってくると、レイヴンも一旦椅子へと腰掛ける。
「お前も食ってみろよ、ほら」
「食べますけど……自分で食べられ……」
言っても無駄だと切り替えて、テオドールに差し出されたトーストをパクリと食べる。
「ん……やっぱり美味しい。単純ですけど、食が進みそう。お腹減っちゃいそうです」
「お前は色気より食い気か?まぁ、お子様はそれくらいで丁度いいだろ」
「別に色気を求めてないのでいいです。それより、師匠が飲んでるのってあまり見たことないお酒ですね」
「コレか?コレは葡萄酒だな。この辺りはビールばっかりだからあんまり出回ってねぇかもな。隣国から取り寄せた取っておきのヤツだ」
マグではなくわざわざグラスで飲んでいるテオドールを興味深そうに眺めて、グラスの中で揺れる赤色を見つめる。
「お前には刺激が強すぎるから、後でちょっとだけ飲ませてやるが……飯食ってからの方がいいだろ?」
「別に飲みたい訳じゃないですから。ただ、色も赤くて綺麗だなって思っただけです」
飽きもせずグラスを見つめるレイヴンの頬に手を伸ばし、引き寄せると軽く口付ける。先程まで葡萄酒を含んでいたせいで、ほんのりと香りと味が唇を通して伝わってくる。
「……不意打ちのつもりですか?別にキスしなくてもいいのに……何か、少し酸味がある感じ……?」
「葡萄酒の特徴みたいなもんだな。今はそれくらいにしておけよ。お前はホントにすーぐ酔っ払うからな」
レイヴンにニヤと意地悪な笑みだけ向けて、ゆっくりとグラスを傾ける。
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