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50.一緒に夕食を

2人で暫く話をしながら具材が煮えるのを待っていたが、様子を見に行ったレイヴンが煮えたことを確認すると蓋を開けてミルクを注ぎ入れていく。 「あとはもう少し温めれば……」 「おーおー。パンを食べ尽くす前にできそうだな?葡萄酒もまだ残ってるしな」 そういう手元の瓶には半分ほどしか葡萄酒は残っておらず、しっかりともう1本予備が置いてあるのを見遣り、レイヴンは息を吐く。 「ペース早くないですか?ご機嫌だし」 「ご機嫌に決まってんだろうが。可愛いレイちゃんが、俺のためにご飯を作ってくれてるってんだからよ」 「……言い方が気持ち悪いです」 「何だよ、褒めてんのによー」 くだらないやり取りをしたところでレイヴンが味見をし、問題なく出来上がったので皿に改めてシチューを盛り付けていく。 「ほら、師匠。テーブルの上を開けてください。できましたよ、シチュー」 「おー。待ちくたびれたぜ。よし、お前も座れ」 スプーンと共に2人分運び、レイヴンはカップに水を注ぎ席に着く。 「頂いたものが美味しいものなので、普段よりは美味しいはずですよ?」 「んな心配してねぇよ。じゃ、早速」 豪快に口に運ぶテオドールとは違い、レイヴンは軽く手を合わせて、シチューを一口運ぼうとし、熱さを思い出してふーふーと息を吹きかける。 「うん。普通に美味いわ。……何だよ、レイちゃん。猫舌か?にゃんこだけに」 「にゃんこじゃないですけど、さっき味見した時も熱々だったので。ん、良かった。やっぱり美味しい」 ふわ、と嬉しそうに笑うレイヴンを見て、テオドールも酒の肴にして葡萄酒を流し込む。 「俺は別に料理が得意とかではないですけど、新鮮なものを頂いたのでそのせいですよ。お祭り気分なのか、皆さんいつも以上に気前が良くて申し訳ないくらいで。買い物カゴまで頂いたくらいですからね。祭り当日もきっと盛り上がると思いますよ?」 「盛り上がるのはイイことだな。コッチは面白くも何ともねぇし、俺も街の方に行けば良かったわ。俺が歩けば酒くらいもらえたのにな」 テオドールの言い分に、それはないですね。とピシャリと言い放つが、レイヴンは先程の街の様子を思い出して楽しそうに笑いかける。 「ま、妙な輩が入る隙間はねぇから大丈夫だろ。後は面倒臭い神殿のヤツくらいか。アレ、お前もわざわざ衣装きて手伝うんだったよな?絶対に事前に見せないとか、ババアが煩くて一度も見られなかったが」 「そうですね。師匠、俺がどこにいるか気づかないかもしれませんよ?俺も自分じゃないみたいな感じでしたからね」 苦笑するレイヴンをじっと見つめるテオドールに気づいて首を傾げると、テオドールがニヤリと笑う。 「気づかねぇことあるか。どんなになろうと、お前のことを見失う訳ないだろ」 「そう、ですか?まぁ……印付けてるとか言ってましたし、師匠ならそうかもしれませんね」 言い切られると気恥ずかしくなり、ごまかすようにシチューをもぐもぐと静かに食べ始める。照れているレイヴンを見てると可笑しくなって、ニヤニヤ顔でテオドールも食べ進めていく。 +++ 「……そういや、葡萄酒。少しだけ飲んでみるか?」 大分腹もこなれてきたところで、テオドールが瓶を片手に尋ねるがレイヴンはゆるく首を振る。 「いえ、この前酔ってやらかしたばかりですし。さっきので何となく味は分かりましたから……」 そういってスプーンを一旦置くと、逆に瓶を手にとってテオドールのグラスへと注いでいく。 「酌、してくれるのか?こりゃまたどういう風の吹き回しだよ」 「まぁ……お祭り前ですからね。師匠も度を越えて飲んでませんし」 「コレはコレは。明日の天気は荒れそうだなァ」 「……一言余計です」 「そりゃあ、コッチの台詞だ」 それでもどこか嬉しそうな表情のテオドールを見て、レイヴンも優しく笑いかける。普通に食事をしているだけなのに、それだけでもこの時間が楽しくて終わってほしくないな、と思う自分がいることに気付き、また気恥ずかしくなる。 「……何だよ、また静かになって」 「その、こうやって一緒にご飯を食べる時間もいいなと、思いまして。別に特別なことをしている訳じゃないですけど、師匠は飲みに行くことが多いし。俺は俺で、何となく簡単に済ませていたことが多いから……」 つい本音を言ってしまったと気づき、気にしないでください、と、また食事に没頭しようとするレイヴンをまた暫し見つめるが、視線に気づいたレイヴンがそっと顔を上げて、言葉を待つように見つめ返す。 「な、何ですか?押し黙って」 「いや、そんなに楽しいなら別に毎日一緒に食えば良くねぇか?」 「別にそういうつもりで言った訳じゃないですから。師匠には師匠の都合があるし、確かに飲みに行くなとは言ってますけど外出しなければ息も詰まると思いますから、気にしなくても……」 慌てて手を振ってアピールするレイヴンの手を軽く掴んで動きを止める。 ズイと身を乗り出して、さらに距離を縮めるとレイヴンの方が困ってしまい視線を漂わせる。 「ホント、素直じゃねぇなぁ。俺は好き勝手するだけだから、飲みに行きたいと思ったら遠慮しねぇし。だが、寂しがってるにゃんこを無視するほど無神経でもねぇぞ?」 「にゃんこじゃないですけど、何となく……意味は分かります。でも、そんな家族みたいな。師匠と血が繋がっているわけでもないし……」 テオドールは軽くデコピンし、間髪入れずにくしゃりとレイヴンの髪をかき混ぜる。 「甘やかすのも俺の勝手だろう?妙なところで遠慮するんじゃねぇよ、ったく」 「何か、こういう時間を過ごした記憶が少なくて。前にもお話した通り、俺を拾ってくれた父と母は優しかったんですけど、本当の子どもじゃないって知ってたから……どう言えば正解なのか、分からなくて……」 困り顔のまま笑うレイヴンを優しく撫でると、今度は素直に甘えて目を瞑る。 暫く撫でると満足したのか、レイヴンが恥ずかしそうに、もう大丈夫ですよ?と呟いた。 「正解とか別にねぇよ。ただ遠慮するなって言っただけだ。俺と一緒に食いたいと思うなら誘えばいいって言う話をしただけだ。だから、それが毎日だろうが何だろうが構わねぇ」 「……はい。じゃあ、また機会があったらお誘いします。俺も毎日きちんと料理できるほど色々作れる訳じゃないですから」 お互いに笑い合い、ゆっくりと席に座り直す。穏やかな夕食の時間はレイヴンにとっては貴重な癒される時間になっていた。 「ま、期待して待ってるか。俺としては、毎日レイちゃんを頂きたいんだけどなァ」 「またそっち方面に話をもっていく……でも、ありがとうございます。テオ」 いつもの軽口で有耶無耶にしようとするテオドールだが、その言動の裏の思いが分かったレイヴンは、ニッコリと笑いかけて残りの時間も食事を楽しむことができた。

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