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53.聖ミネルファ祭

聖ミネルファ祭当日―― 街中がお祭りムードで活気に溢れる中、王宮内の神殿では女神ミネルファリアを讃える祭典が行われていた。祭典は自国の王族と貴族たちは勿論、近隣国から重要な貴賓たちを招き入れて行う祭典で、アレーシュ王国にとって重要な祭典の1つだ。そのクライマックスに行われる女神降臨の儀式は、女神からの信託を授かるために聖女が舞い踊り、祈りを捧げるという祭典の中でも1番重要視されているものだった。 「流石に緊張してきた……」 「大丈夫ですよ。全てはミネルファリア様の御心のままに」 同じ役回りの神官と共に、試着した例の衣装に着替えたレイヴンが自分の出番を裏で待っていた。レイヴンの役回りとしては聖女が舞うための神具を手渡す臣下の役に当たるため、多くの人々が見ている中でその大役を演じなくてはならない。 聖女が厳かに絨毯の上を一歩、また一歩、歩みを進めていく。 一筋の光が聖女を照らす時、女神の使いである天使が舞い降りて聖女の願いを聞き入れ、聖女に付き従う従者へと姿を変え、神具を与える。 「女神ミネルファリアよ――――私、クローディアンヌ・オブ・ミネルファは、ここに貴方への舞と祈りを捧げます」 聖女の言葉が合図となり、白の薄衣に見を包んだ天使が聖女に神具を与えるためにその場に姿を現した。静かに聖女の元へと歩み寄りレイヴンは手に持った美しいナイフを、もう1人が白い羽の扇を、それぞれ手渡す。役目を終えた天使は全てを見届けるために従者となって、その場に膝をついて儀式を見守る、という流れだ。 天使の登場に辺りがざわめき、聖女とのやり取りに皆、目が奪われる。 聖女曰く、汚れのないイメージの2人が選ばれたとのことだったが、レイヴンは全く納得していないし何なら嫌がらせなのか?と一瞬疑ってしまったくらいだった。 本番は背中に羽も生えているせいか、遠目で見れば天使のイメージに見えるかもしれないが。レイヴンは内心恥ずかしすぎて認識妨害をかけたい気持ちを必死に抑え、膝をついた後も俯いたまま早く終われと願う。 従者へと姿を変えると言ったものの、大きく広げていた羽を閉じるくらいの違いしか見た目に差異がない。それが羽を隠した、という表現になるのだと聖女が教えてくれたのだが、恥ずかしいことに変わりはない。 +++ 聖女の美しい舞いにも辺りから感嘆の声が漏れる。聖女が跪き、厳かに祭壇に祈りを捧げると、光は神殿に広がって弾け、頭上からキラキラと舞い落ちていく。 「……後でババアに抗議してやる。なんだよ、あの衣装は。本番まで絶対に見せようとしなかった訳がやっと分かったわ。……これで貸し借りはなしだからな」 神殿の片隅で溶け込んでいたテオドールは不機嫌に毒づくと、パチンと指を弾く。 すると、一陣の風が巻き起こり美しい桃色の花びらが神殿と人々を包み込む。 「……綺麗だ……これ、師匠の……?」 花びらに気づいたレイヴンも立ち上がり、受け止めるように手を差し出す。 その花びらは手のひらに触れると、何事もなかったように優しく消えていく。 皆が見惚れているうちに儀式は滞りなく終了し、貴賓たちは王宮へと移動していく。 今夜は盛大な晩餐会が催されることになっていた。全てが終わるまで騎士団は警護と備えを、魔法使いたち数名は結界の見張りのためと、万が一の時には騎士とも連携をとるために王宮内部と街全体を魔道具を使用し監視しているが、基本は魔塔で何かあった時の為に待機する。 儀式の手伝いが終わったレイヴンも控室に戻り、着替えようとしたところで扉が叩かれる。 「はい、どうしましたか?」 何か不備でもあったのかと扉を開けると、目の前にはニヤリ顔のテオドールが立っていた。 「よお。ホントに別人みてぇだな。見に来てやったぜ?」 「…………」 無言で扉を閉めようとすると、扉との間に素早く足を入れられる。 「おいおい、無言で閉めようとするんじゃねぇよ」 「……これから着替えるので、用があるなら着替えるまで外でお待ち下さい」 レイヴンが冷たく言い放っても、テオドールは無理矢理に扉をこじ開けて室内に入り込む。ニヤニヤ顔のテオドールに力で敵うはずもなく、あっさりと侵入を許してしまう。 「用はあるぜ?可愛い弟子を見に来たっていう」 「弟子?……人違いじゃないですか?私は神官なので」 「あのなぁ……その格好見られたくないからって、すぐにバレる嘘吐くんじゃねぇよ。可愛いぜ?天使ちゃん」 「だって、馬鹿にしてるでしょう?俺だって嫌だったんですから!足はスースーするし、何か羽生えてるし、何でこうなったんだ……俺と一緒に儀式の手伝いをした神官は、俺よりずっと年下ですよ?泣きたい……」 赤い顔をして顔を背けるレイヴンは、その態度と見た目も相まって、普段以上に幼く、天使を模したその姿は、決して汚してはいけない存在に見える。先程から心の奥がモヤモヤとしていたテオドールは、溜め込んだものをぶつけるように自分から離れようとするレイヴンの手首を握ると、身体を反転させて扉へと押し付ける。 「…っつ!……何考えてるんですか!?離してください!早く着替えて待機しないと……」 「……嫌だね。全く、惜しみなく真っ白い肌晒しやがって。しかもあんな大勢の前でよ」 「俺だって嫌でしたよ!でも、聖女様の意向が……」 「借りってヤツだろ?そりゃ、認識妨害はかけたからお前だと分からないし綺麗だなーくらいしか見えなかっただろうけどよ、何かイライラすんだよな」 サラリと恐ろしいことをしているテオドールに、文句を言おうとした口は荒々しく唇で塞がれてしまった。

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