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55.優しい眠り
着替え終えた後、辺りに人気がないことを確認してからテオドールと共に部屋から出る。
何事もなかったかのように振る舞うレイヴンだったが、何となく身体がほわほわとしていて緩く首を振る。
「なんだぁ?怠そうにしてんな」
「……誰のせいですか、誰の。そんなことより、魔塔に戻りますよ?師匠までこちらにいるのでは、誰に報告していいか分からなくなっているでしょうからね」
文句を言いながらもいつも通りのレイヴンの様子に苦笑する。2人で神殿の外へと出たところでまたまたいつもの溜め息を吐くレイヴンの腰を抱えて、こちらもいつも通りに詠唱すると魔法で移動する。
「よっと。やっぱ、神殿は空気悪ぃな。この淀んだ感じが落ち着くわー」
「また飛んでるし……これ、慣れてない人だと絶対酔うと思う……。しかも、淀んだ空気が落ち着くってなんですか……煙草で煙い感じが?とりあえず、執務室に行きましょう。師匠の部屋にいたら報告が聞けませんし……」
さらなる文句を言って一歩踏み出そうとしたが、ふらっとテオドールに軽く寄りかかってしまう。慌てて体勢を整えようとするが、そのまま抱きかかえられてしまった。
「いや、歩けますからね?何で抱っこしてるんですか……」
「移動 酔いしたって言うからよ。親切心?」
「いらねぇー」
「ウチの補佐官が悪い子になってる!誰のせいだよ」
「……師匠のせいでしょ、師匠の」
しょうもないやり取りをしながら、魔塔主執務室の前まで辿り着く。途中誰とも会わなかったから良かったものの、さすがに恥ずかしかったので下ろされるとレイヴンはホッと息を吐き出した。
「魔道具からも異常は検知されてませんし、今のところは何事も起こっていないようですね。見張り担当からも異常なしの報告のみですし、良かったです」
室内に並べられた映像転送用の魔道具は、見張り担当の魔道具と連動しており、同じ映像が映し出されるようになっている。非常に高性能な魔道具だが、動かすためには質の良い魔石が何個も必要となるため、燃費が悪い代物だった。そのため、使用するのは重要な時のみに限られてしまい、幾つもの許可を取らないと使用もできないことになっていた。
「まあ、晩餐会が終わればこの監視も必要ねぇし。それまでの辛抱だな。こんなもん騎士だけで事足りるっつーのによ」
「監視って……各国の貴賓がいらっしゃっているのに、疎かにできないでしょう?我が魔塔の面子もありますし。近隣諸国の中でいかに安全であるかを示すためにも重要な任務です。師匠は座ってるだけでもいいんですから、静かにしてください」
テオドールを椅子へと追いやり、レイヴンは魔道具の映像を確認しながら、魔道具を通じて見張り役と連絡を取って状況を確認していく。真面目に任務に取り組むレイヴンを見ながら、テオドールは我慢していた煙草に火を付けた。
「――そうか。ではそのまま続けてくれ」
『はい、畏まりました』
一通り確認し終えると、早速漂ってきた煙を手で払いながらレイヴンも一息つこうかと台所へと向かう。常に準備はしてある茶器でお茶の準備をし始めた。
「レイちゃん、酒は?」
「執務室に隠してあった分は全部移動しましたよ。ダメに決まってるでしょう?」
「ケチくせぇな、相変わらずよ」
テオドールは不服そうに紫煙を燻らせてから煙草を揉み消し、すぐさま2本目に火を付ける。空気の悪さに慣れたくなくとも慣れさせられる補佐官は、全てを無視して自分のお茶だけ簡単に淹れて、ソファーへと腰掛けた。
「なぁ、俺の分はねぇのかよ」
「お茶しかないですから。飲まないでしょう?」
「嘘言え。珈琲があるだろ、珈琲が」
「師匠は煙草でいいんでしょう?俺も少しだけ休憩するだけですから」
意地悪のつもりなのか、テオドールの訴えは無視してゆっくりと1人でティータイムを楽しむ。温かな紅茶で喉を潤していると、身体の内側から癒やされていく。昼間の緊張感から開放されたせいか、少しだけ休むつもりだったが自然と瞼が重くなってきてしまう。
「ただ見張ってるだけってのも退屈だよなぁ……なぁ、レイちゃん。一服は止めにするから俺にも飲み物……」
カップを両手で持ったまま、珍しくうつらうつらとしているレイヴンに気がつくと、ゆっくりと立ち上がって中身を零す前にカップを取り上げる。
「……あれ?カップ……」
「俺より先に寝るなよなぁ?まぁ、ここんとこ珍しく忙しかったしな。俺は優しいから居眠りしようと怒ったりしねぇけどな」
「え……え?俺、今……」
「あー……面倒だからいいって。頑張ってたご褒美っつーことで、後はやっといてやるから、少し休んどけ」
寝かけた事実に慌てるレイヴンを撫でると同時に、眠れ と小声で唱える。元々眠気を訴えていたレイヴンの身体はあっさりと魔法にかかり、ゆっくりと瞼を閉じてそのままソファーへと倒れ込んでしまった。
「ま、見張り終了まであと数時間だったか。終わったら2人で夜遊びにでも行くか。それまでは、少しだけ。おやすみ、レイヴン」
テオドールは子をあやすように優しく言って、唇を落とす。立ち上がって毛布を掛けてやると、レイヴンのカップを片付けるついでに、仕方なく自分の珈琲を自ら淹れるために台所へと向かった。
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