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56.祭りの夜に
数時間後――
レイヴンは目を覚ましたが、頭に靄がかかったようにぼんやりとしていて状況を理解するまでに少し時間がかかる。何度か瞬きをして、今自分がいる場所を確認しようと辺りを見回すと、魔塔主執務室だと漸く思い当たる。
「あ…れ?ここは……」
「お、起きたか?さすが俺の魔法。時間ピッタリじゃねぇか。今日の予定は滞りなく終了したから、後は遊びに行くだけだな」
「魔法……?え……確か、報告を受けてそれから……」
身体を起こして思い出そうとするが、ぼうっとしていてハッキリしない。眠り の影響もあるのだが、テオドールが外出しようと準備をしているのを眺めて首を傾げる。
「まぁ、気にすんな。俺が休ませたんだから問題ねぇよ。それより、身体が平気そうなら俺らも祭りを楽しまねぇとな」
「そう、なんですか?俺……眠るほど倦怠感があったのか。すみません、師匠。お休みを頂いてしまって。でも、今から出るんですか?結構遅い時間、ですよね?」
テオドールの勢いに押されてレイヴンも立ち上がると、ガバリと外套を着せられる。
「いいからいいから。ほら、行くぞ」
「は、はい……」
手を引かれ、珍しくそのまま歩いて街へと向かう。向かう間にもちらほらと祭り用の街灯が辺りを明るく照らし、遅い夜でも道筋を浮かび上がらせる。
「やっぱり、いつもとは違う雰囲気ですね」
「灯り1つもねぇのもそれはそれでいいけどな。灯り1つで祭りっぽさが出るもんだ」
時折立ち止まりながら景色を眺め、夜の街へと足を踏み入れる。それなりに遅い時間だと言うのにまだまだ人気があり、屋台も立ち並び、酒や食べ物がいつも以上に色々と売られている。辺りの人々もそれぞれに。飲んで、食べて、踊ってと、祭りを楽しんでいた。
「おーおー。やってんなぁ。とりあえず、焼串でも食うか。オヤジ、焼串2つ」
「あいよ。今日は祭りだ!おまけに1本追加しておくよ」
「いいねぇ。じゃ、遠慮なく。ほらよ、レイヴン。腹減ってんだろ?」
突き出された焼串は肉がこんがりと焼けていて、食欲をそそる香りがした。レイヴンは素直に受け取ると一口齧る。
「んー!美味しい!」
「コレは飲みたくなる味だよなぁ。ビール売ってねぇかな」
「もう、すぐ飲もうとする。まぁ……祭りだから楽しまないと、ですよね?」
レイヴンも焼串にかぶりつきながら、ニコと笑って許可を出す。そこら中の人々が飲んでいるのに、飲むなと言うのはさすがにできなかった。
「そうこなくっちゃなァ。お前はビールじゃねぇヤツな」
「俺はレモネードを頂きます。それと、次の食べものは……」
「もう食べたのかよ?どんだけ腹減ってんだ」
「緊張しすぎて、昼間何も食べられなくて。今、お腹空いちゃいました」
笑いながらレモネードを買い、フルーツも買ってそれも齧る。甘酸っぱさがまた食欲をそそり、テオドールの手を逆に引いて、あれやこれやと屋台を回る。
「随分はしゃいでんなぁ。珍しく」
「周りにつられちゃいますよ。皆、とても楽しそうだから。ね、師匠。今度はこっちのお店も見ましょう?」
「まぁ、楽しまないと損だしな」
食べ物の屋台を一通り見てから、今度は手作りのアクセサリーの屋台の前で足を止める。
「これ、彫りが丁寧で素敵ですね。女性がもらったら喜びそうな髪留めとかありますよ?」
「髪留めって……誰がするんだよ」
「師匠だったら髪の毛長いし、買っても無駄になりませんよ?」
「似合わねぇだろ、そもそも」
楽しそうに2人で話していると、出店している青年が笑って声を掛けてきた。
「誰かと思ったらテオドール様とレイヴン様でしたか。ウチは普段、武器を作ってるのですが、祭りの時はアクセサリーも出してるんです。細工物でしたら、ブレスレットとかどうです?この窪みにはあとで魔石も入れられるようにしてありますし」
「確かに、蔦と葉の模様が上品ですね。素材も軽いし普段遣いでも魔石を入れれば魔法使い的にも良い品かもしれません」
「この細いのはお前にピッタリだろうけど、俺の腕じゃ入らねぇぞ?」
「いや、なんで同じの買おうとしてるんですか……」
「そりゃあ、こういうのは同じの買うんじゃねぇの?」
お揃いだろ?と暗に言うテオドールにツッコミを入れようとしたところで、同じ模様に鷲が追加されているもう少し太めのブレスレットがポンと目の前に置かれる。
「こちらならテオドール様でもピッタリではないかと。お安くしておきますよ?」
「なかなか商売上手じゃねぇか。よし、買ってやる」
テオドールは即決すると、さっさと支払いを済ませてしまう。お金を受け取った青年は嬉しそうにテオドールの手を取って頭を下げる。
「ありがとうございます。いやあー、魔塔主様に買って頂けるとは光栄です。俺、武器はまだ打たせてもらえないので、装飾品づくりで修行中なんですよ。オヤジに自慢します」
「職人も大変だろうが頑張れよ」
「はい!レイヴン様も、お手に取って頂きありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます。大切にしますね」
ブレスレットを受け取り、一旦休憩しようと広場の噴水近くへと移動する。
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