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63.大人げない師匠
レイヴンは久しぶりのハリシャの料理を堪能して満足していたが、テオドールはその間も何杯もマグを開けて酒を飲み、料理もそこそこにしか食べなかった。具合が悪いのかとも思ったが、レイヴンは気まぐれで機嫌が悪いだけなのだろうと、あまり気に留めずに食事の時間を楽しんだ。
「ごちそうさまでした。本当にハリシャさんの料理は美味しいです。また食べに来ますね」
「いつでも大歓迎だよ。しっかし、そっちの魔塔主様はさっきから不機嫌で見てらんないねぇ。大変だろうけど、連れて帰っておくれ」
ハリシャが溜め息混じりでテオドールを指し示すので、レイヴンも苦笑しながら、はい、と頷く。そんなやり取りをしていると、また店員の女の子がレイヴンの側までやってきた。
「あの、補佐官様。また来て下さいね。お待ちしてます」
「はい、ありがとうございます。今度は師匠がいない時に来ます」
その言葉を聞いた女の子が嬉しそうな顔をしたことに気づいたテオドールがむくりとカウンターから起き上がり、レイヴンの腕を掴む。カウンターにお金を乱暴に置くと、行くぞ、と無理矢理にでもレイヴンを引きずって行こうとするので、レイヴンも頭を下げながら慌てて店の外へと出ることになった。
「もう、何なんですか!あの子、怖がってましたよ?師匠がそういう態度取るから……」
「煩ぇなぁー。お前こそ可愛い子に声掛けられて、ご機嫌だったじゃねぇか」
「はぁ?別に普通に話していただけですけど。お店の人と話さないと注文もできないでしょう?お酒もたくさん飲んだのに、なんでそんなに不機嫌なんですか……面倒臭い」
レイヴンが長く息を吐いていると、テオドールがさらに強く腕を掴んでレイヴンを無理矢理歩かせる。レイヴンが抗議しても耳を貸さずに、店裏の暗がりへとレイヴンを連れ込むと壁に背中を押し付ける。
「機嫌が悪いのを俺で解消するの、やめてくれません?こんなところに人を連れ込んで……女の子だったら悲鳴をあげてるところですよ?」
「……いいぜ、あげても。どうせ遮断すれば聞こえねぇ」
片手でレイヴンを壁に押し付けたまま、呪文を紡いで防音結界を展開する。胸の辺りを押し付けられているせいで息苦しいレイヴンが軽く咳き込むが、それでも開放しようとすらしない。
「師匠、苦しいんですけど……それに、何でわざわざ防音結界を……」
「すぐ誰にでも愛想を振りまきやがって。気に入らねぇ。ホント、これだから無自覚は。こうでもしなきゃ分からねぇよな」
いつものように、まずは煩い口を唇で覆い隠して黙らせる。悪党のようなやり口にさすがにレイヴンも思い切り抵抗して唇に歯を立てる。テオドールの中に広がる血の味はとても苦く気分は最悪だ。
「そんなのただの八つ当たりじゃないですか!俺も文句は言ってますし、師匠にはきちんとして欲しいって言ってますけど……俺が何をしたと?街の人たちと話すのがそんなに気に食わないんですか?」
「無自覚たらしだって言ってんだよ。しょうがねぇだろ、側で見てるとイライラすんだよ」
「普通に話すだけでイライラされても困るんですけど。俺、そこまで師匠を束縛している覚えはありませんし。俺が言ったって聞かないじゃないですか。なのに、俺にはどうしてこんなことをするんですか!」
「俺も目くじら立てるのは小せぇって分かってるよ。だけどなぁ、お前俺の前であんまり笑わねぇし、優しい声色で喋りもしねぇし。なのに、外では愛想良く振る舞いやがって。可愛くねぇ」
子どものような理屈を並べ立てるテオドールにレイヴンも最初は怒っていたものの、だんだんと呆れと同情の意識が強くなってくる。もう一度長く息を吐くと、テオドールを見上げた。
「俺のことをいつも子ども扱いする癖に……これじゃあ駄々をこねる子どもと一緒ですよ。分かりましたから、離してください。逃げませんから。師匠の力強いから、痛いんです」
「……悪かった。大人気ねぇし、くだらねぇよな」
レイヴンの宥めるような声色につまらないことでムキになったと改めて反省したらしく、テオドールも素直に手を離してレイヴンを開放する。
「……防音はこのままにしておいてください。誰かに聞かれると恥ずかしいから」
レイヴンはそう言うと、怒られ待ちのようにバツの悪そうな表情をしているテオドールに苦笑して、静かに話し出す。
「俺もその、師匠にキツくあたってしまうのは憧れの人の理想を押し付けているのかもしれません。でも、師匠のことを他の人たちに誤解されるのは困るので……。人としてダメなところが多くても、師匠は凄い人ですから。その、小煩く言ってしまうのは性分もあるみたいなので、それは許してください。補佐官として、そういうこともしなければと思っているので……」
「それは分かってる。俺が言いたいのは――」
テオドールが言葉を紡ぐ前に遮るように手のひらを向ける。テオドールが一旦言葉を切ると、またレイヴンが口を開く。
「俺、嫌われるのが怖いんです。だから、皆の前では愛想良く、イイコでいないとっていつも思ってるんです。でも、師匠は。そんなことをしなくても許してくれるからって、甘えてましたよね。ごめんなさい。やっぱり師匠にも師匠として尊敬の念を込めて接しないと失礼ですよね。すぐには直せないと思いますけど、もう少し丁寧に接しますから……」
レイヴンが言い終えるか終えないかの瞬間に、今度は優しく抱き寄せる。そのまま肩口に顔を埋めて動かない。
「師匠……?」
「そうじゃねぇんだって。ツンツンしても構わねぇから、もっと素のレイが見たいんだよ。もっと言えば、できれば笑顔がいい。年相応に笑ってるレイが見たい」
「そ、そんなこと言われても……そんなに、俺。師匠に冷たくしてます?」
「素っ気ねぇ。甘えてくんのはいつもシテる時ばっかだし?いつも周りの目ばっかり気にして、俺を見てねぇ」
「……その例えが恥ずかしいのでやめてください。それにどちらかと言うと1番一緒にいるはずなんですけど」
テオドールの言葉を聞いていると恥ずかしくて身じろいでしまい、言葉が上手く出ない。今日は何でこんなに大きな子どもみたいなことを言うのか、レイヴンには良く分からなかったが除け者にされているのが嫌だったのだろうかと、自然と笑ってしまった。
「俺だけじゃなくて、テオだったら皆さんも何を言っても許してくれるって思っているから、邪険にしちゃうんですよ。それも好かれてる証拠じゃないですか」
「それは別に気にしてねぇけどよ。レイはどうなんだよ。そんなに俺に笑いかけるのが嫌か?そこまで俺はろくでなしだとでも言いたいのか?」
テオドールと目線が合うと、困った表情を返す。それは……と、言葉がまた出てこなくなる。
「テオはどっちかって言うと、ろくでな……じゃなくて。そういう訳じゃありませんけど……無理ですよ、そんな急に言われても。この状況ですら恥ずかしいのに。無茶言わないでください。演技ならともかく……」
「じゃあ、演技でも今日は許してやるから。もうちょっと素直で可愛いレイを頼む」
「……ビールで頭がやられてるとしか思えないですけど、このままだと周囲に被害が出そうなのでやってみます」
レイヴンは自分に暗示をかけるように、素直、素直、と何度も唱えると。テオドールをそっと見上げた。
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