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64.演技と本音

「テオ、怒らないで?俺の中で特別なのはテオだけだから。ね?」 「特別っていうのは、師匠と弟子だから、か?」 「それ、俺が前に言ってた……」 「なぁ、どう特別なんだ?俺にも分かるように言ってみろよ」 テオドールの目が細くなり、自分を見定めるようにしているのが分かると、レイヴンはまた言葉に詰まる。冗談なのか、本気なのか。どちらにしてもテオドールを納得させないと開放してもらえなさそうなことを理解すると、眼力を込めて見返す。 「この前から何度も言ってるのに、まだ言わせたいとか……それも一種のイジメだと思いますけど、そういうのが好きなら……今日だけ付き合ってあげます」 「そういう言わずに、いつも付き合ってくれりゃあいいのによ」 「……付き合ってると思いますけど、貪欲ですね。さすがテオ」 「どうせなら、テオがいないと生きていけない!くらい言ってもらいたいもんだがなァ」 テオドールの裏声に反応した鳥肌を温めるように腕を擦り、呆れた表情でジト目を向ける。 「……キモ。それ俺の真似とか言ったら魔法ぶっ放しますよ?」 「そういう素を出すんじゃねぇよ!可愛い方の素を見せろって。ほら、演技の続きだ続き!」 「はいはい……本当に何なんだこの酔っ払い……」 額に手を当て深呼吸をし、気を取り直してテオドールへと向き直る。 「俺にキスをしていいのもテオだけ、その先も……テオだけ。後は……何が欲しいですか?笑顔と素でしたっけ?じゃあ……」 レイヴンは自分からテオドールにギュッと抱きついて、あまり言いたくないことをもう1つだけ言おうとテオドールの胸元に耳を押し当てる。 「テオの鼓動を聞いていると落ち着くんです。強くて、暖かくて。側にいるんだなって思うと安心するから。少しだけ、このままで……」 目を閉じると暫く静かに鼓動に耳を澄ませる。テオドールがそっと顔を覗き込むと、目を閉じたまま微笑して身を預けているレイヴンが見えた。 「そういう表情、だよなぁ」 「……え?」 「そういうのが見たいんだよ。おすまし顔じゃなくて、嬉しそうなヤツ」 「おすまし顔って……別に普通なつもりなんですけど。これで、満足してくれました?」 レイヴンが身体を離そうとすると、ジィと見下ろしたまま開放することもなく抱き込んだままで動かない。仕方なく睨まないようにまた見上げると、もう一声、と口パクで催促しているのが分かった。 「……何なんですかもう……テオ、一緒に帰りましょう?荷物を置いたら、その……テオの部屋に行きますから。もう少しだけ、話したいし。一緒にいたいから」 レイヴンの言葉に満足したのか、テオドールはニィっと笑って何度も頷いて見せた。 「レイのお誘いならしょうがねぇよなぁ?よし、帰るか」 「まさか……最初からコレを狙って駄々をこねたとかじゃないでしょうね?」 「いいや?気のせいだろ。まぁ、ここからはサッと帰るとするか」 レイヴンを抱きしめたまま、抗議の声が飛ぶ前に魔法を発動させて転移する。 +++ テオドールの自室のテラスに降り立つと、レイヴンは袋の中の薬瓶が割れていないことを確かめて息を吐く。 「まぁ……ここまで来ると、この流れも分かってました。買ったものは諦めて師匠の部屋の隅にでも置いておいて……明日運びます」 「もう少し演技を続けてくれるんだろ?何を話してくれるんだろうなァ?」 「……もっと自然に接してくれたら俺も笑顔になれると思うんですけどね。この感じは厄介だから諦めます。お腹もいっぱいだし、ゆっくりしましょうか」 袋を部屋の片隅に置き、テオドールにソファーへと座るように指示を出すと自分も後から隣へ腰掛けてテオドールへと寄りかかり体重を預ける。 「どうしよう……ぼんやりすると寝そうだし。もう、演技思いつかないです」 「夜はこれからだってのに?」 「逆にああいうことをしないでくっついてればいいんじゃないですか?俺はその方が嬉しい、ですよ?」 チラとテオドールを見上げた顔は、演技ではなく本音を言ったらしく顔がほんのりと色づいていた。そういうところは愛情に飢えている感じがして、テオドールも満足げに頭を撫でてやる。 「俺の望むレイを見せてくれるなら、今夜はできるだけ我慢してやるよ」 「できるだけってところがまた……本当に欲望の塊すぎません?」 最初はジッと様子を伺っていたが、そのうちに表情が和らいでいく。仕方ない師匠ですね?と言う顔は、自然な笑顔のようでテオドールも口元が緩む。 「そうそう、いつもそうやって笑ってればいいんだよ」 「だから、笑わせないようにしてるのはテオだから。俺が嬉しいって思う方向に進んでください」 「んなこと言ってもなぁ。俺の素は自由人だからなァ」 「自由人で済めばいいですけどね。ホント、迷惑かけすぎなんですから」 レイヴンが戯れにテオドールの頬を突く。いつもなら逆にちょっかいをかけるところだが、もう少しレイヴンの出方を見たいのでテオドールも我慢してされるがままになる。 「反撃してこないのは珍しい。そんなに俺の素が見たいんですか?見せてると思うけど……まだ足りません?」 「まだまだ、だな。レイはもっと甘えたがりのはずだ」 「また妙なことを……こういうのどちらかと言えば好きですけど、もっと好きにしていいってこと?」 「そうだな。俺が好き勝手する分、お前も同じ様にできる権利があるだろ?それこそ、俺にこんなことをできるのもレイだけだ」 テオドールの頬を軽くつまみながら、レイヴンは思案してみるが何も思い浮かばない。それでもテオドールの無造作な髪の毛を見ているうちに、1つだけ思いついたらしくパッと手を離す。 「じゃあ……テオの髪の毛、櫛で梳いてもいいですか?いっつも適当だったから気になってたんです」 「髪の毛?好きにしていいけどよ。それで楽しいか?」 「髪の毛編んで見たかったんですよ。そういうのやったことないから」 レイヴンは辺りを見回し、転がっていた櫛を見つけると早速革紐を解いていく。適当に1つにまとめられた髪が自然と広がると優しく櫛を通していく。

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