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65.師匠と弟
「何かむず痒いな。野郎の髪の毛を弄って楽しいかぁ?」
「俺は楽しいからいいんです。俺に妹がいたら、色々な髪型に結ってあげたかったんですけど……打ち解ける前にいなくなってしまったから」
昔のことを思い出し静かな声色で告げてしまってから、余計なことを言ったと後悔する。テオドールは、そうか、と一言だけ返して後はレイヴンになされるがままに大人しくしている。
「別にツヤツヤになれとは言いませんけど、髪の毛傷んで酷いですね。まぁあの生活を送ってれば聖女様のようにはいかないか」
「だから、あのババアと比べるんじゃねぇ。アイツは男の癖にキラッキラしてんだよ」
心底嫌そうな声色に笑いながら、丁寧に髪の毛を梳いていくと最初よりかはマシになってくる。レイヴンの優しい手つきに表情を和らげるが、テオドールの手元はどうしても煙草を探してしまう。
「テオ……手元がソワソワしてます。煙草吸ったらダメですからね」
「手持ち無沙汰なんだよ。お前の顔も見れねぇし、触れねぇし。感じるのはレイの指先の感触だけってのがなぁ」
「何か言い方が嫌ですけど、もうちょっとだけ我慢してください」
レイヴンは櫛を置き、今度は髪を手にとって三つ編みに編んでいく。テオドールが何とか耐えうる時間内で完成させると、革紐で結び直していく。
「できました。鏡で見てみます?雰囲気が違いますよねやっぱり。何か貴族っぽいですよ」
「貴族っぽいって何だよ、ぽいって。残念ながら由緒正しい血筋だからよ。それなりのことをすればキマるに決まってんだろ」
「そうですねー。さすがお貴族様ですねー」
軽口の応酬をしながら一緒に鏡を覗き込んで笑い合う。大したことをしている訳ではないが、穏やかな時間がレイヴンにとっては嬉しく貴重な時間であり。普通に経験していることを経験できていない、というのがどうしても心の中で影を落としているのかもしれないと、テオドールの心の中だけで留めておく。
笑顔だったレイヴンだったが、ふと考え込むように視線を落とした。テオドールが感じたことは間違いではなさそうだと結論づけると、髪の毛を乱すようにわしゃわしゃと撫で回す。
「ちょっと!俺は綺麗に編んであげたのに、テオは俺の髪の毛かき混ぜないでくださいよ!」
「悪ぃ悪ぃ。その顔、またどうでもいいこと考えてんだろ?そういうのは分かりやすいよな」
「もう、それは見ないフリしておいてください。テオと違って悩みが多いんですよ」
「俺が何も考えてねぇとか思ってんだろ?魔塔主ともなると色々厄介ごとが多いからなぁ。レイちゃんに優しくしてもらわねぇと」
「全て嘘ではないでしょうけど、厄介ごとの半分は暴走のせいな気がします」
また隣同士に座り直すと、今度はテオドールが指を絡めて手を握りこむ。普段の半分くらいの力なのでそこまで抵抗感なくレイヴンも受け入れて、テオドールにまた寄りかかる。
「テオの子どもの頃ってどんな感じだったんですか?やっぱり、貴族だから勉強とか大変だったとか?」
「ガキの頃から叩き込まれるもんだからな。教養全般は。1日中何かしら教え込まれてたんじゃねぇか?俺は大体サボってたがな」
「子どもの頃からテオはテオだったんですか……。でも、確か弟さんがいるんですよね?」
「魔塔に行った俺の代わりに家を継いで当主になってるからな。アイツはお前以上に真面目すぎるヤツだから、今も眉間にシワ寄せて書類と向き合ってんだろうな」
素っ気なく話をするテオドールだが、普段とは少し違う表情に気付いてレイヴンも一旦言葉を止める。不審に思ったテオドールが首を傾げ、レイヴンの頭にポンと手を乗せる。
「縁は切ったようなもんでも、血は繋がってるからなぁ。弟は弟だ。アイツは俺のこと恨んでると思うがな。兄弟として最後に会話した時も喧嘩別れみたいなもんだったな」
「そう、ですか。俺には計り知れない複雑な事情があるんでしょうね。でもテオは子どもの頃から魔法の才能もあっただろうから、魔塔は目を付けていたんでしょうけど」
「まぁな。俺も今じゃ魔塔主だし、バダンテール家の力を示したっつう意味では他の家を出し抜いたってとこだな。俺について回る二つ名がどう影響しているかまでは知らねぇけど」
「あぁ……傍若無人なオーガとか、魔塔のオーガキングとか?」
「なんでオーガ限定なんだよ。ったく、好きだなその例え。何にしても、誰にも文句は言わせねぇけどな」
ニィと笑うテオドールの顔はいつもの企み顔で、やはりとても貴族とは思えない顔だ。改めて聞いていても、レイヴンにはピンと来ない部分もあるのだが、身分は国の中でも重要視されるものであることは間違いなかった。
「俺もそちらの分野は未知の世界なので分からないですが、弟さんはきっと苦労なさっているのでしょうね」
「この国のお貴族様の相手をまともな方法でするのはな。貴族なんてもんは食うか食われるかだ。正しくあろうとすればするほど、自身がすり減っていく。そういうとこだ。俺はそういう面倒事を弟に押し付けた兄貴だから、アイツに恨まれるのは当然だろ?」
「俺は普通の家族も貴族の家族も分からないですけど、みんな仲良くできたらいいですよね。そういう家族に憧れていますから。でも、弟さんの気持ちは少しだけ分かります」
「まぁ、レイも振り回されてるもんなァ?」
テオドールの家族の話を聞いたことはあまりなかったせいか、レイヴンは知ることができて嬉しいような、思い出させて申し訳ないような、複雑な心境だった。表情をコロコロと変化させるレイヴンを間近で見ているテオドールは満更でもなく、宥めるようにまた頭を優しく撫でた。
「だから、考え過ぎだって。こういう性格だと知ってるのはお前だけじゃねぇんだからよ。アイツはアイツなりに割り切ってるんだよ。前に会った時は貴族式のバカ丁寧な挨拶されたからな。魔塔主様にご挨拶申し上げます、みたいな。まぁ、適当に相手してやったが」
「……弟さんまで邪険に扱わないでくださいね」
「信用ねぇなぁー。こんなに立派な兄貴なのに?」
「言ってることが適当すぎなんですよ。でも……ご家族の話を聞けて嬉しかったです。俺はお会いしたことはありませんが、いつかお会いする機会があれば俺もきちんとご挨拶できればいいんですけど……」
レイヴンの挨拶を想像したテオドールは、ぶっ!と吹き出すと笑いながらレイヴンを抱き込む。急な体勢に、ちょっと!と文句を言うが、やんわりと抱き込まれているせいで逆にジタバタしづらくなってしまう。
「なんだ?婚約の挨拶でもするつもりか?」
「違いますよ!お世話になってます、の挨拶ですよ!何で結婚するみたいな流れで言ってるんですか」
「いやぁー。何か場面を想像したらレイちゃんが可愛いなぁって思って我慢できなかったわ。悪ぃ悪ぃ」
ポンポンとあやされるように背中を叩かれると、さらに文句が言いづらくなる。レイヴンは抱き込まれたまま、暫く胸元に顔を預けて大人しくなってしまった。
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