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70.街でひとやすみ

宿を目指してゆっくりと歩を進めていると、ウルガーが口を押さえて堪えきれずに欠伸を漏らした。 「今日は早めに休みましょうよ。どうせ明日からまた歩かないといけないし。美味いものでも食ってぐっすり眠りたいです」 「ウルガー、これくらいで音を上げるとは情けない。行軍に比べたら大したことないだろう。宿を取ったら素振りでもしないと身体が訛ってしまう」 「これだから頭の中身まで筋肉野郎は。ぁー。付き合いきれねぇ。これだけはウルガーに同情するわ」 「……師匠は別の意味でダメですけどね」 本人たちは特に気にしていないが、背の高い大男、しかも厳格で無骨な騎士とローブを纏ったガラの悪い男を筆頭に、顔が綺麗な魔法使いと爽やかな見た目なのにアンニュイな雰囲気の騎士。と、思われているかどうかは分からないが、街の人々の目を引く面子であるのは確かだった。老若男女、どういう用件でやってきたのかと探るようにチラチラと視線を配っている。 「あー……何か、俺ら思いっきり目立ってますね。ほぼ団長とテオドール様のせいですけど。だから、鎧着て歩くの嫌なんだよなぁ。宿に着いたらさっさと脱ごう。そうしよう」 1番察しの良いウルガーが居心地悪そうに首裏を擦る。自国では当たり前のように受け入られているが、表通りを歩くのはいくら人通りもあると言っても、普通の冒険者には見えないのだろう。 「確かに。情報収集するにしても目立ちすぎてはいけないし。師匠は……脱いだところで目立つから、それこそ認識妨害をした方がいいかもしれません」 「まぁ、俺ほど美形だと……」 「お、宿が見えてきましたね。さっさと行きましょう」 テオドールの言葉を遮ってウルガーが宿の看板を指差す。舌打ちするテオドールを可笑しそうにレイヴンが笑って見上げた。 「……レイヴン、随分とテオと打ち解けたのだな」 「……え?そうですか?いつもと変わらないと思いますが……」 「いや……何でもない。気にしないでくれ」 ディートリッヒは優しく笑いかけると、ポンとレイヴンの頭を撫でる。ポカンとしているレイヴンを思いっきりテオドールが引き寄せて、髪の毛をサッサッと払う。 「おい、ディー。お前の筋肉菌を付けるんじゃねぇよ」 「はぁ……お前は何を言っているんだ。デカい子どもじゃあるまいし。しかし……お前もそんなにか。全く、レイヴンに変なことを教えるんじゃないぞ?お前の菌の方が悪質なのだからな」 「お前に言われたくねぇよ。いいから、行くぞ」 「ちょっと、師匠!ディートリッヒ様にそういう態度は……」 声をあげるレイヴンを引きずるように引っ張っていくテオドールを見て、ディートリッヒも呆れたように笑うが、2人を見る眼差しは優しいものだ。急かして自分を呼ぶウルガーの声に、今行く、と短く答え自身も早足で宿へと向かった。 +++ 「すみません、今ご用意できる部屋は2部屋しかございませんで……」 「そうか、参ったな……」 「改装中ねぇ。大の男で分かれるのも何ですけど、2、2で分かれるしかありませんね」 「分かりやすいじゃねぇか。お前ら2人と、俺ら2人。だろ?」 「しかし、騎士のお2人もしっかりと休んで頂かないと……」 2部屋しか開いていないという宿と交渉していたのだが、ベッドも1つしか室内になく、ソファーがあるらしいので1人はソファーで眠ることになったのだが。テオドールがレイヴンと同室を訴えて譲らない。レイヴンは自分とウルガーが同室が良いのではと提案したのだが、テオドールにもディートリッヒにも却下されてしまった。 「お前らの言う大男が同室とか、何の拷問だよ。コイツと同室で寝るくらいなら、寝ないで飲み明かした方がマシだ」 「それはこちらの台詞だ。テオと同室など落ち着いて過ごせる気がしない。コイツのことだ。何をしてくるか分からん」 「ハァ?お前何を言ってやがる。お前に何をナニするってんだぁ?反応する訳ねぇだろが。むしろ、シナシナだ」 「何の話をしてるんですか……こんな師匠と同室は皆さん嫌ですよね。そうですよね」 「レイヴン……テオドール様がお前と同室って言うのは……まぁ、いいや。団長をベッドに寝かせて、俺はソファーで大丈夫だから。さっさと休みましょう」 揉め事が面倒臭いウルガーがさっさと取り仕切って、部屋の鍵を受け取る。1つをレイヴンに渡すと自分は先頭に躍り出て階段を上っていく。 「これ以上、宿の人を困らせない!ほら、団長もテオドール様も!レイヴン、その……頑張れ?」 「え……?あぁ。って、何に対してだよ……」 置いてきぼりにならないよう、レイヴンも慌てて後を追って階段を上る。部屋は隣同士で、街に1つしかない宿だと言うわりには小綺麗な部屋だった。朝の集合時間だけ決めて、部屋前で2人と別れる。 「やっと座れるわ。ディーのヤツ……煙草も吸うなとか煩ぇんだよいちいち。誰もいないところで吸うのも止めてきやがるしよー」 「ちょっと、早速吸おうとしないでくださいよ!吸うなら外に行ってきてくださいね」 言いながらレイヴンがマントを脱ぎ、衣紋掛けへと引っ掛ける。テオドールが脱ぎ散らかした分も、丁寧に掛け直していく。 「なんだよ、レイちゃんまで。ディーに影響受けて俺に対して冷たすぎないか?」 「どう考えても非常識なのはテオの方じゃないですか。勅命ですよ?それなのに……いつもの適当さ加減でいこうとするからですよ。ディートリッヒ様が仰るのも無理はありません」 「全部アイツのせいか。しかもウルガーに気を遣われるのも腹が立つ。あの空気読んでますから的な態度が気に食わねぇ」 ぶつくさ文句ばかり言うテオドールを放っておいて、レイヴンは身体を流そうとさっさと準備を進めていく。 「テオはどうせヤケ酒でも飲みに行くんでしょう?俺は先にシャワーを浴びてしまうので。お先に失礼します」 「ホント、飲まなきゃやってらんねぇ……って。お前、そこまで俺を放っておくつもりか?まさか……本気で言ってんのか?」 「明日もありますし、俺は早めに休ませて頂きます。ソファーで眠りますから安心してください。ゆっくりしたかったんでしょう?」 レイヴンの言い分に逆に呆けてしまったが、テオドールは長く息を吐き出すとスッと立ち上がりレイヴンの腕を掴んで風呂へと押し込む。 「なっ!?ちょっと、危ないですって!」 「……脱がしてやるよ。濡れると乾かすの面倒臭ぇし?俺も一緒に入るわ」 「はぁっ!?何でテオと一緒に……」 レイヴンの訴えも聞かないテオドールに、勢いのままに服を脱がされていく。止めようとするのだが、鬼気迫る何かを感じてなかなか抵抗できない。 「本当に、何をして……」 「あーあ。レイちゃんと一緒だって思って楽しみにしてたのは俺だけか。腹立つからお仕置きしてやろうかなァ」 「何、子どもみたいなこと言ってるんですか!2人で遊びに来た訳じゃないんですよ?」 「俺以外のヤツと同室で寝ようとするとか、本当に分かってねぇな。ディーは鈍いから気付きもしねぇだろうが、お前は少しくらい自覚しろっての」 レイヴンの額を突き、痛がるレイヴンにニヤと笑いかけると、自分もさっさと服を脱ぎ捨てていく。風呂の外へ服を全て放ってしまうと、扉を閉めてレイヴンごと閉じ込めてしまった。

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