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75.大人同士の語らい
真っ赤な顔で説教し続けるレイヴンの身体を2度目のシャワーで流して綺麗にし、それでも怒りがおさまらないのを何とか宥めて寝かしつける。疲労もあったのか、撫でてやると大人しく目を瞑りテオの胸の中で寝息をたてていた。
名残惜しげに唇を落とし、起こさないようにそっとベッドを抜け出すと窓際で煙草に火を付け煙を燻らせる。
暫くはじっくりと味わい思案すると、レイヴンに持たされている携帯用灰皿に押し付け吸い殻を仕舞いこんだ。
「さぁて……一杯引っ掛けて、補佐官殿の分も働くか」
適当に服を着直すと眠るレイヴンを部屋に残し、念のための防御結界を張り巡らせると静かに扉を開いて、階下へと向かう。
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宿屋兼酒場になっているせいか、階下は飲み明かす人々でざわついていた。空いている席を探していると、テオドールにとって別に会いたくもない人物と目があった。
「お前がいるとは思わなかったなァ。なんやかんやで飲みたかったんじゃねぇか」
「テオと一緒にするな。俺はれっきとした理由があってここにいる。飲んでいるのは警戒されない為だ」
ラフな姿のディートリッヒは、白のシャツを寛げ、茶のパンツに茶のブーツ姿の一見放浪している戦士のようにも見える。テオドールも似たようなもので、髪はそのまま下ろし、他はシャツの色が暗めの灰でパンツが黒である以外はほぼディートリッヒと同じ服装だ。
色が暗い服装のせいか、金髪が悪目立ちしている感があるのでディートリッヒの表情は渋い。
「相変わらず、盗賊にしか見えない格好だな。ローブがあるから幾分マシだということが良く分かる」
「何を着てたってどうせ、やかましいじゃねぇか。で、何か情報は手に入ったのか?」
注文を取りに来た店の女の子に、いつもの通りビールを注文すると煙草を取り出して火を付ける。
「……酒場ならば吸ってもいい訳ではないぞ?全く、ここまで手放せないのは病気だな」
「お前が素振りするのと似たようなもんだろ?日課ってヤツだしなぁ。ったく、いいからさっさと本題に入れ」
注意を続けたところで聞きもしない事は分かっているのだが、ディートリッヒも性分でどうしても言いたくなってしまう。こういう時は大抵、テオドールは無視を決め込んで煙草をふかす。ディートリッヒは注意を諦めたものの眉間に皺を寄せ、煙を手でブンと払いながら話を続ける。
「……この街も似たようなものだ。時折、大型の魔物が現れて、田畑を荒らしたり、人々に襲いかかったりしているらしい。一時収まったが現在も警戒中で、町長が街の警備団と冒険者を雇って対処しているらしい」
「……大人しくしてたのに、また活動し始めたってことかぁ?……徹底的に痛い目に合わせねぇと分かんないらしいな」
テオドールの、のらりくらりとした口調の中に怒りのようなものを感じたディートリッヒは、諌めるように肩に手を置く。テオドールは苛立ちを隠すように煙草の煙を肺へと一気に落とし、乱暴に灰皿へと吸い殻を押し付ける。
「テオ、頼むから抑えてくれよ?今回はエルフに手を貸すことが主であって、敵の殲滅は二の次だ。俺もお前と気持ちは同じだが、表立って動く訳にもいくまい」
「あのなぁ、俺が街ごと吹き飛ばすとでも思ってんのか?この街はやらねぇよ、この街は」
「……別の街ならやる、という言い方はやめろ。お前の場合は冗談に聞こえない」
「俺のモノに手を出さなければどうでもいい。ただ、この件は見逃す訳にもいかねぇんだよ。背後にいるヤツが誰なのか、あぶり出す必要がある。漸く、堂々と動ける機会が巡ってきたんだ。この際、一気にぶっ潰すに限る」
肩に置かれた手を払い、ビールを一気に煽り追加注文をするが、テオドールが気持ちよく酔っている様子は全くない。ディートリッヒも長く息を吐き出し、静かにマグを傾けた。
「――この場にいる連中に挙動不審な人物はいないようだ。明日、町長に被害状況の確認をしに行く予定だが……」
「まぁ、大した情報は出ないだろうけどよ。敵さんも呑気に飲みに来たりはしないだろ。俺も探ったところで、今のところ魔物の気配をこの街の付近には感じねぇな」
テオドールは街に着いた時点で捜索 を発動させたが、特に引っかかるものはなかったため、今現在は問題は特に起こっていないと判断していた。今は街からエルフの森へとターゲットを変更している可能性が高いためだろう。
「そうか……この街にとってはいいことだろうな。騎士を派遣するにも時間がかかるだろうから、酷い状態になっていないのが救いだな」
「手続きとやらが面倒臭ぇからだろ。魔法使いの派遣も似たようなもんだけどよ。王国から人を寄越す作業が遅すぎて手遅れになるんじゃねぇか?」
「それでも、今の陛下になってからは大分良くなったはずだ。法も改正されつつあるし、貴族のところで滞留していた金が外へと流出するようになったしな。それはバダンテール家も動いたはずだが」
「……まぁな。アイツは良くやってるんじゃねぇか?お前んトコも力でねじ伏せる家系だから似たようなもんだろ」
テオドールが面白くもなさそうな様子は変わらずに、酒を飲む速さだけは増していく。ディートリッヒがマグを開けるまでに、倍以上飲んでいるというのに、相変わらず酔う様子もない。
「……すまんな。俺じゃつまらん話しかできん。そういえば、レイヴンはもう休んだのか?」
「あぁ。そんなに体力はねぇからな。ゆっくりと休ませてやらないとなぁ?」
レイヴンの名前を出すと、ニヤニヤと笑みを浮かべるテオドールを見てディートリッヒが苦笑する。
「そうか……テオなりにレイヴンのことを大切にしているのならいいのだがな。お前のことだ、宿に着いた途端にレイヴンに無茶なことをしていないかと心配していたのだが……」
「無茶なこと?別に普通じゃねぇか?」
「……おい、テオ。お前……同室にしろと騒いでいたのは、まさか……」
「何言ってんだよ、久しぶりに外でレイヴンと組むから連携の確認に決まってんだろうが。ディーこそ、何考えたんだァ?うわぁー怪しいー」
ふざけた口調にイラっとするが、ディートリッヒは静かに飲んで戯れを躱す。言っていることは全く信用ならないが、師弟以上の良き関係を築いているのだろうと、口元だけで優しく笑む。勿論、テオドールが先程の推察通り、レイヴンにあんなことやこんなことをしているなどとは考えないところがディートリッヒの良いところでもあり、鈍いところでもある。
「……お前はホントつまんねぇヤツだよな。ま、レイヴンのことは俺が1番構ってやってるからいちいち関わってくるんじゃねぇぞ?まぁ、レイヴンのことを好意的に思っていることくらいは、心の広い俺が許してやるけどよ」
「レイヴンはお前の物ではないだろう?道具のような言い方をするのはやめろ。それに1人の人間として見守ってやるのは当然だ。レイヴンはテオに振り回されて大変な思いをしているのだから、時には間に入って助けなければ。疲労で倒れてしまう」
「物とモノは違うだろうが。発音で分かれよ。俺のモノと言ったらブツじゃねぇんだよ。何だ、この不毛なやり取りは。クッソどうでもいいわ」
「そういうのを屁理屈だと言うのだ。いい年にもなって、くだらないことしか言わん口だな。くれぐれも、くれぐれも、レイヴンに無理をさせるんじゃないぞ?分かったな?」
ディートリッヒが先に席を立つと、テオドールがシッシッと追い払うように掌で払いのける。最後に長い溜め息を残して、ディートリッヒは勘定を済ませて先に部屋へと戻っていった。その背中を見ながら、面倒くさ……とテオドールから自然と悪態が漏れるが、その表情は、先程よりもどこか吹っ切れた表情だった。
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