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76.ツンな弟子と優しい騎士団長

次の日の朝―― テオドールお手製の元気が出るらしい薬を朝から飲まされたレイヴンは、何とか昨日のことをなかったことにするくらいには回復していた。それでも起きてからはずっと不機嫌でテオドールへの扱いはいつも以上に冷たいものだった。 「なぁなぁ、機嫌直せってー。なんでそんなに機嫌悪いんだよ」 「別に、普通ですけど?師匠も早く食べないと。約束の時間がありますから」 「うわぁ……昨日は余程アレだったんだな。テオドール様、相当我慢してたみたいだし。全部レイヴンにぶつけたんだろうなー。怖い怖い」 「何?アレとは何だ。テオ、やはりレイヴンに何か……」 色々と言い合っている言葉を遮るように、レイヴンが無言でスっと立ち上がる。 「……そろそろ行きましょう。今から行けば時間も丁度良く間に合うはずでしたよね、ディートリッヒ様」 「あ、あぁ。そうだな。町長の話を聞けば、この街での聞き込みは大体終わるだろう。昨日のうちに噂話は聞いておいたからな」 颯爽と勘定を済ませて1人で外へ出ていってしまうレイヴンに、3人は呆気にとられて沈黙する。 「おい、お前本当に何もしてないんだろうな?レイヴンが随分と怒っているように見える。もしかしたら、勅命に真摯に向き合って緊張しているのかもしれないが……」 「別に大したことはしてねぇよ。ったく、ツンツンしやがって可愛くねぇー」 「だから、お手柔らかにって言ったのに……あの調子だと暫くはツンですねー」 残された3人でああだこうだと言いながら、肩を竦めて外へと追って出た。 +++ 町長がいる建物へと足を運び、現在の状況を聞いたものの、やはり噂話と対して変わらない情報しかなく。一刻も早く城から人材を派遣して欲しいという願い届を手渡されるという、テオドールが予告した通りの展開だった。 ディートリッヒが丁寧に対応している中、表情の変わらない人形のようにすましたままのレイヴンと、やる気のないテオドールと、色々と見ない振りをしているウルガーの姿に、町長が恐縮する場面もあり、これ以上長居して胃に穴を開けないうちに退散することになった。 「お前たち……もう少し何とかならないのか……」 「申し訳ありません、ディートリッヒ様。私は普通にしていたつもりだったのですが、何か失礼な態度をとっていたでしょうか?」 「レイちゃんは空気が怖いんだよ……そのトゲトゲしいツンツンを何とかしろって」 「俺も別に普通にしてましたけどね。団長の思い過ごしですよ、たぶん」 街に来た時とは違う微妙な空気に、ディートリッヒが息を吐く。 「レイヴンは緊張感を持って対応していたと思うが、テオとウルガーは態度がなってない。よって、お前らは村に行くまでの食料を調達してくるように。水も念のためにな。この街までは対して減っていないが、村に着くまでに何が起こるか分からんからな」 「テオドール様は分かるとして、何で俺も巻き添えなんですか」 「確かに仕切りはディーだが、好き勝手していいわけ……」 「……師匠、行ってきてください。少し頭が働かないので、新鮮な果物をお願いします」 テオドールをチラと見て、レイヴンからお願いをするとテオドールが頭を掻き毟って、しょうがねぇなぁ!と、ウルガーの腕を引っ掴んで、スタスタと背を向けて店が立ち並ぶ市場の方へと歩いて行ってしまった。 「……そんなに態度に出てますか?すみません。これでも本当に普通のつもりだったのですが、ディートリッヒ様にご迷惑をかけるつもりではなかったんです」 レイヴンが丁寧に頭を下げると、ディートリッヒが苦笑して頭をポンと撫でる。 「いや、レイヴンはいつも我慢しているのだから気にするな。どうせテオが無茶なことをさせたのだろう?アイツ、連携の確認をしただけだと言っていたが……」 「え?えぇ……。そう、ですね。師匠が我儘ばかり言っていたので、少し疲れてしまったみたいです。身体的には問題ありませんので。心労が少し溜まってしまっているのかもしれません」 レイヴンも苦笑すると、さらに大きな手で撫でられる。テオドールとはまた違った無骨な手だが温かみのある手に癒やされて、棘が抜け落ちていく。 「ディートリッヒ様は、本当にお優しいのですね。逆に申し訳なくて……」 「いいんだ。レイヴンはいつも真面目に頑張っているのだから、少しくらい羽目を外して感情を顕にするくらいで丁度良い。テオに怒るように、俺が何か間違ったことをしたら怒ってくれていいんだぞ?」 「そんな……ディートリッヒ様に限って、間違ったことをなさるだなんて考えられません。実直でいらっしゃいますし、自分自身を厳しく律しているからこそのお人柄なのですから」 「ハハ……そこまで褒められると照れくさいな。ありがとう。テオはテオでやる時はやる男だとは思うがな。それは、レイヴン自身が良く知っているのだろう?」 優しい眼差しでディートリッヒに諭されると、不機嫌でいた自分が恥ずかしくなってきてしまう。ディートリッヒの優しさはスッと心の中に落ちてきて、自分の心の中の奥底にあるもやもやとした感情も包み込んでくれるような暖かさがあった。 「……そうですね。だからこそ、腹が立つのかもしれませんが。周りに居る方たちに恵まれているからこその、師匠ですから。本当、たちが悪いですよね」 「違いない」 2人で顔を見合わせて笑い合い、暫しの他愛のない会話をしながら2人の帰りを待つ。

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